光の弱まるとともに、暴れていた女の四肢はおとなしくあるべき位置に収まり、 気怠いような薄暗闇が、また彼女の白い肌の上に層を成して重なっていく。 荒かった呼吸も、微睡みに落ちる寸前の緩やかで起伏のないものへと変わる。 ただ女は、ぼうっと眼球を顔の向く先に向けていた。そこに意志は感じられず、 あるいは人形か、死体とすらも思えるほどに生気のない姿でいる。 けれど彼女の体内に、生命の証は確かに赤々と巡っているのであった。 がくん、とその身体の震えるのが合図である。彼女自身にも操りきれないところで、 その肉体は日々、己の生命と――もう一つの生命を養い続けている。 だが不意に、彼女の内側のもう一つの生命が寝返りを打つ――もしくは、“外”を臨むとき、 分厚い地層の下に押し込められていた彼女の自意識が、ぐっと一気に持ち上がってくる。 無論それは、何かしらの指向性を持った行動としては成立しない、 生物として――雌としての本能的な、自分の肉体を守るための反射に近いものである。 腹部がずきずきと痛み、“何か”が内から外へと這い出でようとしている―― 均衡が破られつつあることへの、咄嗟の反対方向への重心移動に等しく、 四肢は脳による明確な指示なく、ただ胴体からの悲鳴に従って逃れようともがく。 それを彼女の目の前のいくつもの瞳が捉えると、ぼんやりとした光が洞を照らすのだ。 桃色の、毒々しささえ感じさせる彩度の強い光――瞼を貫通して眼球内を跳ね、脳内に。 それは単なる光ではない。現に、その光を“見させられている”彼女の身体は、 また自然と、先程までの大人しくだらんと弛緩した状態へと戻っていくではないか。 もっとも、四肢はその“瞳”――だけでなく、それを生やした肉の塊や、 彼女の寝かされている“床”、中腰で立つことすら難しい低い“天井”と同じ、 肉々しく脈打つ太い触手によって、雁字搦めにされてしまっている。 抵抗、というものも、その固定された四肢がもぞもぞと不随意に揺れる程度のもので、 しかし彼女を拘束している生物は、そんなささやかな動きさえも苗床に許しはしない。 ちょうど今、女の腹部は痛々しいほどの――ちょうど臨月の妊婦と同じ大きさで、 どくん、どくんと外から見てもわかるほどに、胎動も激しく、断続的なもの。 産婦人科医でなくとも、“出産”が近いのは容易に見て取ることができよう。 股間に挿入されていた、手首ほどもある一本の管がゆっくりと引き抜かれていくと、 待ちきれぬかのように、どぽり、と栓の外れた膣口からは白い液体が噴き出た。 管から不断に流し込まれているその液体と、子宮内部の“赤子”からの物理的な力、 両方によって高められていた圧力は、糊のように粘度の高いその液体を、 天井にも届くほど、高く打ち上げさせる――だがすぐに白い雨となって降り注ぎ、 彼女の肌と、それを包む青い服の上に、艶めく金髪の上に、ぼとぼとと降る。 落ちた先には濃厚な雄の臭いが、立体感を持って湧き上がり――鼻腔を嫌に刺激する。 それもまた、女が身体をもぞもぞと動かすきっかけにはなりはすれど、 やはり触手たちは、彼女に何らの自由をも与えるつもりはないようであった。 膣内を経由して、子宮内に送り込まれていたその液体は、胎内の赤子を育てる栄養剤だ。 苗床になった生物が、よもや子宮内部に胎盤という形で子に栄養を与える機能を持つとも、 無意味に肥大した一対の脂肪の塊から産後の栄養を与えるとも知らぬ彼らは、 彼らの尺度で言えば“善意”でもって、自分と彼女との間に生された子を育てようとする。 だが父母――便宜上の表現に過ぎぬが――の両方から潤沢に栄養を与えられた子供たちは、 通常よりも遥かに太く長く、重たく育った――育ち過ぎてしまっていた。 胎動が極めて大きなのも、それが原因である――必然的に母体への負担も激しく、 彼女が何度も身体をよじり四肢をばたつかせるのは、与えられる苦痛が、 視覚から入り込んで思考を麻痺させるその光の効力をも超えているからだ。 “初産”の最中、何度も女は意識を取り戻してはそのたびに刈り取られ、 口からは血混じりの泡を吹きながら、一本一本が人間の胎児ほどもある蛆状の肉塊を、 五本十本では効かぬ数、連続でひり出すことになった――息も絶え絶えに。 極めて強い個体の得られたことに、触手たちはひどく喜んだらしく、 空いたばかりの彼女の子宮に、またすぐ種をつけようと食指を伸ばす。 すると偶然、だらしなく膨れた脂肪の塊に触手の側面がばしりと当たって、 限界を迎えた乳腺からは、甘ったるい汁が――赤子の嗅覚を刺激する匂いを撒きつつ、 狭い空間の中にびちゃびちゃと搾り出される。それに赤子たちが吸い付くのを見るや、 その液体が彼女なりの我が子への愛情と理解した触手たちは、 乳房の全体をぎっちりと網でも掛けるかのように絡まりながら覆っていって、 根本から先端まで、少しずつ圧力の勾配が変わっていくようにしながら力を掛ける。 それによって、また白い雨が勢いよく赤子の頭の上に降って――女の四肢もまた、震えた。 今や子宮では肉蛆を育て、母乳を一滴残さず搾られるだけになった彼女は、 当然、それを望んでいたわけでも、そのために生まれてきたわけでもない。 こんな狭い空間内よりずっとずっと広い、宇宙のあらゆる星を巡って―― 彼らのような様々な原生生物の調査をしたり、悪漢を退治する賞金稼ぎであった。 彼女がその全身を、鳥人族から受け継いだ重金属の鎧に包んでいる限りにおいて、 この程度の、高々中型生物を麻痺させるのがやっとな催眠光など効くわけもない。 本来ならば、彼らは迷い込んできた獲物をその力によって捕らえて捕食するか、 繁殖に利用できそうなら、半ば“借り腹”のような形で体内の空間を借りるだけの生き物だ。 彼女にとっての不幸は、鎧を脱いだ途端にそれに出くわしてしまったことと、 彼女の肉体が、本来の地球人種以外の様々な遺伝子を取り込んだ状態にあって、 どんな生物の精子であっても適合してしまえる奇跡的な孕みやすさにあったこと―― 二度目の出産。太い肉の塊が、ごりんごりんと骨盤を開きながら、頭を覗かせる。 常に大きく割り開かれた彼女の下半身は、既にそれに適応した形になっていて、 今この瞬間、完全に解放されて自意識を取り戻したとしても、 ひょこひょこと間抜けにがに股で歩く己のことを、酷く無様に思うことだろう。 それを見なくてすむのも――いや、考えることすらしなくてすんでいるのも、 ある意味彼女にとっては幸福かもしれない。見るのは桃色の光だけ、 己の股座から出てくる肉塊の、申しわけ程度に生やした疎らな金の毛に、 自分とそれらの血の繋がりを突きつけられずにすんでいるのだから。 勢いよく白い雨が降る。母乳と栄養補充液の混ざった雨、鼻につく雄と雌の匂いの混合液。 それらを、歯すら生えていない口で赤子たちは啜る。母の肌の上の液塊を、 ずるずると汚い音を立てながら啜る。その響きは、彼女にも聞こえてはいるけれども、 授乳というにはあまりに獣的なそれが、よもや我が子の立てる音と理解できるわけもない。 己の現状さえ把握していないのに、どうして周囲の状況がわかるだろうか? 女はただ、触手が吐く精子によって無抵抗に孕まされ、子宮を使われて、 乳房に自然に溜まる母乳を搾取されるだけの、限りなく受け身の存在に成り果てた。 そこから這い上がることは、彼女の精神力をもってしても不可能なことだ。 指先を駆けた途端、視界は桃色に染まって――奈落の底へと落ちていく。 また何度目かの種付けが、母体の了承なく、つつがなく達成されてしまう。 彼女が意識を取り戻す間もないうちに、腹部はむくむくと大きくなっていって、 巨大な“赤子”を産まされる時の痛みにようやく、身体が反応するだけだ。 何日、何週間、何か月、何年――こうしているのか、彼女にはわからない。 最初にあの光を見たときから、彼女の時間は止まってしまっていた。