モナークブリングキャラスト風怪文書2話 『無理がきかない』 トレセン学園の午後は、基本的にトレーニングの時間だ。 コースを見学すれば、そこかしこに自主練に励んだり指導を受けたりする生徒たちの姿が見える。大きな集団は教官から指導を受けている面々だろうか。 教官付きらしきウマ娘達の集団を探していけば、モナークブリングを見つけるのはそう難しい事ではなかった。 昨日は結局名前しか聞けていないから走る所を見てみたい。遠目で見る事も出来るがどうせならもっと近くでちゃんと見たい。 しかし教官付きのウマ娘というのは皆トレーナーのいないウマ娘だ。いくらペーペーの新人トレーナーと言えど自分が需要のある存在な事くらい自覚はある。ここで姿を見せてはオグリキャップとマルモブリーズの群れの中にハムの原木を放り込むようなものだ。 小耳に挟んだ噂話だが、あるトレーナーが教官付きのウマ娘達のトレーニングを見学した所、気性難の未所属ウマ娘7人に囲まれて物理的に7等分されてしまったらしい。ちなみにそのトレーナーはチームトレーナーという名目で現在は気性難のウマ娘ごとどこかのプレハブ小屋の部室に封印されてるとかなんとか。 とにかく教官の指導のお邪魔にならないように近くの物陰に隠れて様子を伺う事にする。後ろを通るウマ娘達から不審者だとヒソヒソ話をされているが、気づかないふり。 「はいそれでは芝1200の簡易模擬レースを始めます モナークブリングさん。言った通り先行で走ってくださいね?」 「教官。私後ろからのが好きなんですが……」 「言い方!?まぁ1200なら先行でしょ?普通短距離で差し追い込みなんて基本考えないです……差しでも怪しいのに追込じゃまず間に合いませんよ!」 「でも先行じゃ最後の直線で2人しか抜けないからもう少し気持ちよくなりたいです」 「言い方ァ!!!!ユーアー乙女ェ!!!! そもそもレースの基本というのはまず先行に有るものですから、今の時期まずは基本をしっかり学んでから脚質を選んでくださいね!我流ではなく!」 「でもなあ先行かあちぇー、せっかくの追込日和なのに……ブツブツ……ブツブツ……」 「ブツブツってリアルで言う奴初めて見たわ……ほら皆も早くゲート入って!今日教えたスターティング意識ね!」 そうしてモナークを始めとした数人がゲートに収まり、しばらく後に開いてレースが始まった。 【…………っ!………凄い……っ!】 桁外れ、という言葉が相応しかった。 抜群の反射神経から生じたであろうスタートの良さから始まり、フォーム、スピードや勝負根性をはじめとしたフィジカルも何もかもエンジンから違っていて、我流の荒削りさを残しつつも、いやもはやお手本を越えたとも言える走りであった。 3角から抜け出し最後明らかに流していたのにそれでも3バ身差をつけての余裕の勝利、短距離でこれだけの差が出るのは本当に恐ろしいまでの素質だ。 それにしても……。 【なんて嫌そうに走っているんだ……!】 「☝(´⊙ε⊙`)☝」 「ンブッフォこ、こらモナークブリングさん!何ですその顔は!!」 「追い込みー追い込みーお前も追い込みをさせないかー(੭ुᐛ)੭ु⁾⁾」 「フヒッブッフィ変顔っヒィおやめなさいってブフ言ってるでしょう!!真面目にやりなさい!! はい今走った子は速やかにクールダウンしてくださいね!次芝1600の子はゲートに入ってさっきと~~~~~」 その後変顔をやめたモナークブリングは粛々とクールダウンを終え、別の列の最後尾に並び直した。 ん……?おかしいなモナークと共に走っていたウマ娘達は別の所に固まって練習を見学しているようだが……。 「じゃあラスト!芝2000mの組はゲートに入っ……ってモナークブリングさん!? なんで貴女が2000mの組に混じってるんですか!! 1番最初に走ったじゃないですか!!二度目それも2000mをいける体力だって残ってないでしょう!?」 「1番最初でクールダウンもしっかり終えたし明らかに流しで勝ってたからまだ余力たっぷりありますよ!」 「こ……こいつ……ていうか余力があろうがなかろうが2回目とか負担大です!ダメったらダメ!」 「うぬぬ……うぬぬぬぬ……そこをなんとか。私いけるので。荒削り型天才なので」 「ななめに傾きながら打診してもダメです!」 「うぬぬぬーん うぬぬぬぬぬぬーん」 「壁に寄りかかって逆立ちしてななめってるー!!!!?」 ついにモナークは渋い変顔のまま壁に寄りかかってななめに逆立ちし始めた。こんなゴネ方見た事がない……。 周りの教官付きのウマ娘達の反応はウケたり少し引いたりと様々だ。 そのうちゲート内で待機している出走バ達も囃し立てはじめた。 「いいんじゃないですか教官ー」 「練習だけどゲート割れしてるしさー」 「2000mならうちらにも勝ち目あるかもしれないじゃーん?」 「短マだと負けっぱなの悔しいしなー」 「くっ……出走バの皆さんまで……」 「そうだそうだーあと2000ならわたモナークに追込させろー」 「どさくさに紛れてこいつはさぁ…… まぁ本当に消耗もないようだしうーん……仕方ないわね開いてるゲート入りなさい 追込も……貴女の脚でこの距離と考えたら最初は控えた方がいいかもしれないわね ただし異常を感じたらすぐにでも競争中止する事。ただでさえ貴方はお姉……血縁上の事を考えたら無理はさせられないのだから。いいわね?」 「……はい」 【ん……?】 教官の言葉に引っかかるものを感じながら、さっきのゴネ得大騒ぎとは打って変わった大人しい様子のモナークがゲートに収まるのを見守った。 ガゴンッ 「ああこの子は本当にもう……!あんなに後ろで間に合うの!?」 「え?何?モナちゃん出遅れ?」 【(いや……スターティングは完璧だった)】 教官が頭を抱えたり他の生徒が怪訝な顔をしてるのを尻目にこれ幸いとばかりに最後尾シンガリに位置取るモナーク。その表情はニマニマとした実に嬉しそうな、してやったりと言った笑顔だ。 そのまま終盤まで脚を溜め、最終的にコーナーに差し掛かった。 モナークがぐっと沈み込む様な前傾姿勢で最終コーナーで加速した時、 左脚の膝の力がわずかにカクンと抜けるのを見た。 【左膝蓋骨亜脱臼!!!!】 居ても立っても居られなくなり飛び出して叫んだ!! 「…………っ!」 「えっ!?」「は!?!?」 「誰ですか貴方!?!?」 【モナーク止まれ!!!】 「……言われなくても、わかってますよー……っ」 突然湧いてきた自分に困惑する周りの声も一切耳に入らないし目にも留まらない。 モナークも自身の脚の異変に既に勘づいていたのか声をかける前から既に減速し始め邪魔にならないよう、逸れてコースアウトしていた。 【足をつけるな!】 減速してほぼ立ち止まりつつあるところまで行ったところで声を投げかける。 「な……!!」 そのまま勢いで彼女を抱き上げて保健室まで走る。この様子だと応急処置をしてすぐ救急科まで車を走らせるべきだ。 「ま、待ちなさい!!」 とはいえ結構派手に飛び出してあまつさえ無断で生徒を抱えて病院に行こうとしているのだ。周りは色めき立ってざわつくし、教官から呼び止められるのも当然だ。 「ちょっと!貴方一体なんなんですか!」 【トレーナーです!!!!!】 「……!!」 「「「きゃあああぁ~~~~っ!!!」」」 「なっ、えっ、とにかく処置後は後で必ず連絡しなさいね!!!」 背中に黄色い声や困惑、心配の声が飛ぶが全く気にならなかった。 そのまま保健室に駆け込み、患部が動かない様に三角巾やタオルなどで固定した後、患部に氷やアイスパックを充てて冷やす。 応急処置が終わったらその場で即トレセン学園御用達の救急病院に電話してナシをつけ、モナークを車に乗せて走り治療を受けた。 ~🚗~ 【選抜レースはしばらく見送らなきゃだけど、まだ軽い症状で良かったね】 「処置が早かったお陰ですよ、ありがとうございます」 病院からの帰り、サポーター装具を付けたモナークを助手席に乗せて話す。 怪我をした際に極度に落ち込んだり取り乱したりするウマ娘はままいるが、モナークは少なくとも表面上はいたって平静で動じた様子はない。 取り繕うのが上手いのか、もしくは……。 【……怪我したけど落ち着いてるね】 「脱臼、体質的に起きやすいので。ぶっちゃけこれが初めてじゃありませんし、なんなら脱臼で済んだだけまだマシです なあにまだデビュー前ですよ、生きてればまだ何度でも走れます」 【……脚部不安か】 「まぁその通りです、これでも姉妹の中では脚以外の虚弱さは全然無い方ですけどね」 【…………。】 ウマ娘はもとよりガラスの靴を履いて走っているという。人間と違わぬ華奢な女性の脚に人間の軛から外れた桁違いの速度と膂力を乗せて走る訳だから、時にエンジンに耐えきれない、脆い脚のウマ娘も出てくる。モナークも恐らくそうなのだろう。 ただ、"姉妹"というワードが少し引っかかった。教官がレース前にもお姉さんと言いかけてたし……正直あまり良くない想像がついてしまう。 なんと話を続けるか逡巡していると、今度はモナークの方から話しかけられた。 「しかし、もうこれ逃げられませんねぇトレーナー あまつさえ女子校のトレセン学園で、トレーニングする生徒たちの目の前で、怪我した未契約ウマ娘を姫抱きしてトレーナー発言ですよ? 大方自分はトレーナーという職であるというボンクラ思考からくる宣言だったんでしょうがぶっちゃけ言質オブ言質です」 冷静になって、改めて自分の行動を振り返ってみる。 …………。 ……………………。 【あっ……!ごめんなさい!!嫌だったよね!?】 「いいえ?むしろこの前バ頭観音前で会った時言いましたよね選抜レース見ろって 野生のトレーナーに自分の選抜レース見に来いは半ば逆スカウトみたいなもんですよ? まさかレース前にこういう行動するとは思いもよりませんでしたが…… 自分から外堀埋め立てるどころか埋め立てた外堀の上で鍋屋開いた鴨は初めて見ました てか今、私のスマホにもトレーニング終わった子からむっちゃ鬼LANE来てますうおっまじで通知多っ」 【……自分でいいの?】 「流石にまずは仮契約からのスタートを希望しますがその通りですよ」 信号が青に変わる。再び前を見て運転し始めた為彼女の顔をあまりちゃんと見る事ができない。 それにしても何故彼女は自分の事を逆スカウトしようとしたのだろうか? トレーニング中でもレースでもなんでもない時に出会っただけの新人トレーナーにどうしてそこまで? そんな湧いてきた疑問に答えるように彼女の方から話し始めた。 「なにゆえ自分が?とでも思ってる顔ですね あっ、今なんで分かったの!?って感じの顔に変わりましたね、この賢き王にはお見通しですよフハハ 1番の決定打はやはり私が怪我した時の判断と対応の速さと的確さです 私達と怪我・脚の弱さは、憎らしい程に切っても切り離せない腐れ縁ですから。 (小文字)あとやっぱり飛び出してまで助けに来てくれたのは嬉しかったんですよ、本当に じゃあその前に声を掛けた理由は?と疑問が湧きましたね?トレーナー貴方本当に顔に出やすい」 顔に出やすいとか言われてしまった……バックミラーでちらっと自分の顔を見てみてもいまいちよく分からない。 「私の事を見ても姉達の妹だと色眼鏡で見なかった事、これが1つです。 トレセン学園の、いやレースに携わる職ならベテラン、中堅以上の人は私が姉達の妹であることは知れ渡ってますから。 若手や新人のトレーナーでも、奈瀬トレーナーみたいに近親に関係者の人が居たりすると顔が割れてますので。 あともう1つは、私に"運命"を感じなかった事 どちらも私にとっては大事な事であり、これを満たした貴方は、私が気にかけるに十分なトレーナーでしたよ」 柔らかく笑ったモナークが、表情を固く引き締めたのが横目で見えた。 「そんなトレーナーだからこそ、ならばこそ、ちゃんと話さねばなりません。私にはその義務があります」 信号が黄色になり再び赤に変わる。 車を停止させ、彼女の顔をしっかり見る。 オッドアイの真剣な目が、こちらを射抜いた。 「私の姉についての話です」