脚は腕の五倍の力を出すという――それで敵わぬのだから、答えはとうに見えていた。 ぎちぎちと固い音のするのは、あくまで彼女の四肢の側であり、 それに見合った痛みを返すのだが――目的は一向に果たされる気配がない。 指先だけは自由になっているとはいえ、尺骨と大腿骨を完全に縛り上げられていては、 人体の構造上、大きな力を出すことはできない。ましてこの窮地からの脱出なども。 この手の二足歩行の生物は、胴ではなくそこから伸びた細い箇所を縛るべし――と、 彼女を捕らえているこの物体は、本能的に理解しているようだった。 肉色の分厚い表皮は、さながら天然の安楽椅子と言うべき柔らかく弾力あるものだったが、 その生地に沈ませるように身体を押し付けられている彼女の側からすれば恐ろしいだけだ。 役に立たぬ四肢でなく、胴を揺らして拘束を緩めようという戦略が、 柔らかさの中に吸収されて、自分と同じ形の窪みを作るだけにしかならないのである。 そしてそこにさらに強く押し込まれ、空間的猶予を奪われていく。 ほんの数十分前には平たい板状のものであったはずの“それ”は、 今や彼女を収めておくのに限りなく特化した棺桶めいた凹みを有していた。 だが獲物を食らうでもなく、生地と同じ色の無数の触手は女の目の前で蠢いている。 彼女の全身を包む青い肌着は、抵抗する間にところどころ亀裂を生じていた。 その隙間に無数の指先が伸び――四肢を絡め取っているのと同じだけの膂力でもって、 びりびりと、鼻紙でも裂くかのごとくにちぎっていく。角質や骨、歯も使わずに。 子供が贈り物の包み紙を出鱈目に破っていくような興奮がそこにはあった。 露出した白い肌は、服との間に込められていた汗の粒を無数に浮かせ、 そこから薫る――雌の匂いが、より激しく“彼”を興奮させていく。 碧い瞳は、自分を拘束しているものの正体を突き止めようとじっと睨んでいたが、 いよいよ相手の目的が明らかになると――そして道中にあった“繭”の正体を悟ると、 思わず流れる涙に、じんわりと半透明に滲む。それを拭うこともできぬまま。 胸部に入った大きな亀裂が、彼女の巨大な乳房を中に押し留められなくなって、 横に広がりながら外へと引きずり出されても――手は遥か遠く、触れもしない。 胸の大きさに比例した、ぷっくりとした乳首は普段は服の下に品よく収まっているものの、 肌を露出された上に、触手によって執拗に刺激を与えられているうちに、 段々と元の――本来保有している大きさと固さを準備させられてしまう。 このような生物の責めによって乳首を勃起させられているという屈辱は、 銀河最強の賞金稼ぎの評判を取っていた彼女には、あまりに耐え難いものであった。 この生物が有する部位は、“背もたれ”の他に無数の触手である。 そして触手は指であると同時に舌でもあり、獲物の全身を舐め、確かめる役割も持つ。 肌の上を隈無く舐められた彼女は――“唾液”の放つ臭いに戦慄した。 それはあらゆる生物の雄の放つ、精液の臭いそのものであった。 さっきから散々にねぶり回されている乳首からもまた、雄の欲の臭いが立ち上ってくる。 つまりこの生物は自分が繁殖の相手に見合うかどうかを、検査している最中なのだ―― 我慢ができなくなり始めたか、反対側の“壁”がもこもこと隆起しだす。 その形状は、彼女にさらなる嫌悪と絶望を呼び起こすのに相応しく――おぞましい。 “背もたれ”と化した側の板と反対側の板とは、足元で一繋がりになっている。 そして反対側の――彼女が直視している側の板は、滑らかな“背もたれ”とは違い、 細かな凹凸が数百数千と並んだ、集合恐怖症を否が応でも刺激するものであった。 その凸側は、彼女の乳首を――今では剥き出しになった陰唇や陰核を舐っている、 無数の“舌”と同じものからなっていた――それが、うねうねと身勝手に動き、 今にも目の前の雌の肌を貪りたいと、粘液にてらてら光る表面をうねらせているのだ。 ゆっくりと板――いや“蓋”が彼女の前に迫ってくる。食虫植物が口を閉じるのと同じに。 女の肌に触れる前に、身体の凹凸に合わせて“蓋”も凹み、隙間なく覆おうとしてくる。 数瞬後の己の姿を思って、女は一層暴れた――長い金髪を振り乱しながら。 だが結局、それも徒労に終わって――ぱたん、と二枚の板は重ね合わされる。 完全に閉じた内側は、僅かに生じた隙間からの光程度しか彼女にもたらさず、 その隙間さえ、板と板の癒着によって一つの塊へと変じていく中で失われてしまう。 それだけでも発狂するには十分な責め苦ではあったが、何より恐ろしいのは、 肌に触れる無数の舌が――ねちゃねちゃと皮膚を舐め、撫で、愛でてくること。 乳首や陰核は特に反応が大きいことに気付いたか、より執拗な責めが行われ、 女は何度も視界が白く飛ぶのを覚えた――こんな生物に、絶頂させられてしまっている―― その屈辱を咀嚼する暇もない。自然、股間からは愛液がびちゃびちゃとこぼれ、 より雌の匂いの強い箇所を探り当てた触手たちは、本来の目的を果たそうとする。 首を回すこともできない現状、見えるはずもないが――女は、 己の膣口に、一際太いものが押し当てられていることを理解した。 根本から奥まで――一息に、ずぶり。子宮口までをあっさり埋められたあげく、 小さく分岐した無数の先端が、膣襞の一つ一つを丁寧に舐め尽くしていく。 そしてすこしでも大きな反応のあるところに力を入れて――また形を変えて。 彼女の性感帯を容赦なく調べるような責めは、抵抗する気力を奪ってしまう。 視界だけでなく、思考も繰り返し飛ぶのである。時間の感覚もなくなる。 汗、涙、鼻水、唾液がどろどろと垂れているが――無数の舌にそれを舐め取られ、 また喉の奥に差し込まれた一本の太い管からは、酸素と栄養と水分が流れてくる。 繭の外と完全に遮断された、一つの宇宙として彼女と数多の触手は在るのだ。 膣内のたぽたぽとする感覚はやがて実体と張りを持ったものへと変わっていく。 この生物が“射精”して胎内に何かが発生したのだから――それは必然的に、 彼女の卵子が使用されたということを意味している。しかしそれを実感できないまま、 不断に与え続けられる刺激によって、彼女の思考はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。 子宮内で“赤子”のうねる感触すら、内からの責めであるのか、 あるいは外からの責めであるのか、反射的に己の肉体が跳ねたに過ぎないのか―― そういったことさえ、判別できない有様である。ただひたすらに混ぜられる。 外の様子はわからない。同じく、外からも内側の様子はわからない。 この星に生体調査に来た彼女は、捕らえられるまでに、 自分が今包まれているのと同じ色の、肉の塊――“繭”を見た。 その一つ一つには、彼女と同様に取り込まれ、永遠に孕まされ続けることとなった、 哀れな何らかの生物の雌がいたことだろう。それを知る術はない。 彼女もまた、胎の中に己の卵子から生る“赤子”を無数に抱えた状態で、 指一本分の隙間もない空間の中、ひたすらに責められ続けているのだから。 膨らんだ胎の形に合わせて凹んだ箇所は、やはりその突端にある膨らんだ臍を、 乳首にそうするのと同じように入念に舐め、責め、性感帯の一つとさせる。 けれど――“蓋”と“胎”との空間は、出産で彼女の胎が軽くなったその短い間だけ、開く。 臍への責めが、不意に失せる――だがその空隙は脱出に繋がることはない。 刺激の消えた箇所への欠落に耐えかね、女は自ら腰をくねらせ臍を突き出すようにして、 “いつものように”ここを責めてくれ、と彼にねだり、甘えるのである。 凹んでべこべこになった腹の皮の段々に、粘液の滴が落ちてくる感覚に―― 女は自分の望んだものの与えられる予兆を感じて、悦びに泣いた。 今の彼女にはそれ以外もう、何もないからである。