再会は、およそ最悪と言っていい形となっていた。 銀城篠乃とタスクモン。数週間前共に戦った相手は、今は敵としてこちらを睨んでいる。 タスクモンの角、そして篠乃の首に取り付けられた黒い輪…イービルリング。身につけた者の意思を上書きするその装置は、彼らの意識を乗っ取るには至らなかったものの、「選ばれし子供たちは倒すべき悪である」という偽りの価値観を植え付けていた。 龍人たちの呼びかけも虚しく、始まる戦闘。タスクモンに対抗すべく、アグモンはジオグレイモンへと進化。そのまま正面から、タスクモンの突進に激突する。 2体の恐竜型デジモンの争いは、およそ互角の様相を呈していた。パワーと突進力ではタスクモンが上回っているものの、ジオグレイモンは機動力と立ち回りでこれに応戦。 攻防は一進一退。互いに決定打を欠いたままの睨み合いとなれば、その決着はテイマーたちの手にかかっていた。 ◇◇◇ 先に仕掛けたのは、篠乃の方であった。 ジオグレイモンを無視し、龍人本人を狙って前に出る。それに気づいたジオグレイモンは咄嗟に動こうとするが、それが許される相手ではなく。タスクモンの拳が、脇腹に直撃する。 タスクモンに手痛い一撃を喰らうジオグレイモンに目もくれず、少女は少年へと殴りかかる。 龍人も咄嗟に身を引こうとするものの、彼は自他ともに認めるインドア派。妹である澪奈との喧嘩でも勝率は芳しくなく、戦闘経験に関してはお察しである。 「ぐっ…」 肩に走った痛みに、思わず声が漏れた。鈍く重い衝撃に倒れ込む中、ジオグレイモンの声が届く。 「龍人!一度退くか!?」 その声音には迷いと焦りが滲んでいた。タスクモンの一撃を受け、自身は戦闘不能に近しい。龍人も篠乃の拳を喰らい、明らかに動きが鈍っている。このままでは押し切られるのも時間の問題だろう。撤退が正しい判断だということは、龍人自身にもよく分かっていた。 だが、もしここで退けば──タスクモンと篠乃を見失う可能性が高かった。彼らの足取りが掴めなくなれば、再会はいつになるか分からない。それどころか、再び敵として現れた時には、もっと深く歪められているかもしれなかった。 首尾よく、もう一度彼らに会えたとして。その時に、まともに話すこともできなかったら?変わり果てた姿となっていたら? きっと自分は、一生後悔し続けることになる。 「…それは、嫌だな」 胸の奥で燻っていた何かが、思わず外へこぼれた。 地面に這いつくばりながら思い出したのは、デジタルワールドへ来てから出会った人たちの姿であった。 一つ年上の先輩──望月純の姿を思い出す。デジタルワールドという理不尽な環境の中、弟だけでなく、他の子供たちも気遣っていた。 「兄として」だけではない。あの人は当然のように、年上としての責任を背負っていた。同じ兄という立場でありながら、自分とは明確に違った。だから、確かにそう思ったのだ。 「…かっこいいと、思ったんだ」 同い年の少女──胡梅雨の姿を思い出す。気が強くて、真っ直ぐで。迷いといったものから、最も遠い場所にいるような女の子だった。 変わってしまったという幼馴染に対して、彼女は一切臆さなかった。怖がるでもなく、躊躇うでもなく。ただ、当然のようにまっすぐぶつかっていった。 「僕のキャラじゃないって、普段あんな態度で、虫がいいのは分かってる」 年下の少女── 奈々井桜々の姿を思い出す。小柄で、人との距離感を測るのが下手で。けれど不思議と、放っておけない子だった。 他人に対しては不器用なほど口数が少ないのに、デジモンや動物に対しては、誰よりも自然に、優しく微笑んでいた。 「でも、思っちゃったんだから仕方ないだろ」 当然のように、責任を背負えるのがかっこよくて。 堂々と真っ直ぐに、突き進む姿がまぶしくて。 不器用でも、誰かのために動こうとする優しさが羨ましくて。 泥だらけの体で、龍人は立ち上がった。 「だから、僕は!」 あんな風になれない事は、自分自身が1番よく分かっている。 ──だけど、だからこそ。 せめて、目を逸らしたくなかった。 憧れに背を向けて、「僕には無理だ」なんて、逃げたくなかった。 「僕自身の意思として、逃げたくない!」 「だから、一緒に戦ってくれ、ジオグレイモン!」 心の底からの叫びに、ジオグレイモンの瞳が揺れた。 痛みと疲労の中、それでも確かに聞こえた龍人の本音。 それは捻くれていて、歪んでいて。それでも確かに、彼の信念と呼べる物であった。 「…言っただろ?」 なら、それに応えるのがパートナーというものだろう。 ニヤリと口角を吊り上げ、痛む体を押して立ち上がる。 「どんな道を選んでも、オレはお前の味方だって!」 そうだ。俺のパートナーは、すごいやつなんだ。ひねくれ者で、めんどくさくて、いじっぱりで。でも最後には、自分の意志で前に進もうとする。 そんなパートナーが、頼ってくれているのだ。 「だったら、応えなきゃいけないよなぁ!」 ジオグレイモンと龍人の視線が交差する。 デジヴァイスが、赤く、熱く、炎のように輝きを放った。 「ジオグレイモン、超進化──!」 炎がその全身を包み、肉体を新生させていく。 全身は真紅の装甲に覆われ、腕のベルトは銃へと変貌を遂げた。頭殻は白くその色を変え、より小さく、より強固となっていく。そして全身を包む炎は、両翼へとその形を変えた。 龍人の視線が、再び篠乃たちへと向く。彼女たちは、龍人たちの会話を遮る事も、途中で攻撃する事もなかった。洗脳下においてなお、彼女たちは不意打ちや妨害をするような者たちではなかった。 「…君たちのこともずっと、かっこいいと思ってたんだ」 この言葉が届いていたのかは分からない。ただそれでも、言わずにはいられなかったのだ。堂々と夢を掲げる、自分の憧れの1人に。 「──ヴリトラモン!」 炎翼を背に、紅の魔竜がその姿を表した。