「ねーえ、お兄ちゃん?」 クスクスと笑いながら、小柄な少女が、少年を揶揄う。 「もう、やめてよ……」 顔を真っ赤にしながら、少年は抗議する。しかし、少女は全く気にしていないようだ。 彼女の名は、ヴェール。 カードに宿る精霊であり、9歳程の見た目でありながら、実際には立派な大人だ。 だが、実体化して先ほど少年と共に歩いていた所、近所の住民に、兄妹で散歩している、と勘違いされたのだ。 「あはっ!ねーえ、お兄ちゃん?可愛い妹のお願い、聞いてくれないかな~?」 「うぅ‥‥、わ、わかったよ。なにすればいいのさ」 そして、それをネタにして楽しむ位には良い性格をしているのが、ヴェールという少女であった。 「ふふふっ♪じゃあねぇ‥‥プリ!プリ撮ろー!」 近くにあるゲームセンター。 そこでプリクラを撮りたい、というのが、ヴェールの提案だった。 「いやだよ!?なんでそんな恥ずかしいことしないといけないんだよ!」 「えー、ほら、他の子にもマスターと一緒の所見せてあげようと思ってさぁ、実体化出来るの私だけだし?持ち帰れる写真ってなると、プリクラが一番じゃない?」 思っていたよりも真面目な理由に、少年は言葉を詰まらせる。 確かに、彼女の言う通りだ。 少年の元で実体化しているヴェールですら、単独では姿を保つ事すら難しい。 だからこそ、写真という形で記録を残すことは、有益だと。 「それに、結構実体化って奇跡みたいな物だからさ、こうして出てられるうちに思い出は残しておいた方が良くない?」 そう言われてしまうと、少年も反論できない。 「‥‥分かったよ、でも僕お金そんなに持ってないから、凄い高いのは出来ないからね」 「最近のは高いんだっけ?私の値段と同じ位とか何とか聞いた気がするけど」 「‥‥その言い方、誤解されるから止めてよね」 「分かってるってぇ、お兄ちゃん大好きぃ♪」 抱きついてくるヴェールを少年は引き剥がしつつ、二人は一番近くにあるゲームセンター(といっても、デパートの中にある物だが)へと入っていく。 プリクラコーナーの前に来たけれど、本格的な物でないという事もあり、余り人は並んでいなかった。 ある意味では、丁度良かったのかもしれない。 古い機種故に、金額も300円程と一昔前の水準であり、これなら払えない額ではない。 それに、スマホに送信出来る機能があっても、精霊のヴェールには意味が無い。 「そういえば、プリって可愛くしてくれる、って聞くけど‥‥元々美少女なヴェールちゃんは一体どうなっちゃうのかなー?」 ニヤリとした笑みを浮かべて、ヴェールは少年の方を見る。 「‥‥知らないよ」 その視線に耐えられず、少年はプイっとそっぽを向いてしまった。 「もー、つれないなー?そんなんだとモテないぞー?」 とはいえ。 ヴェールは、ここで気の利いた事を返して来ないような、可愛げのある彼だからこそ好感を持っている。 だからこそ、こんな風に揶揄っている訳なのだが。 「ほら、早く撮ろうよ」 「はいはいー」 少年に急かされて、ヴェールは機械の中に入る。 「へー、中ってこうなってるんだねー」 物珍し気に周囲を見回しながら、ヴェールは楽しそうな声を上げる。 少年が財布から硬貨を入れると、可愛らしい案内音声が響く。 『撮影モードを選んでください』 「んー、どれにしようかなー?」 設定について、ヴェールが楽しそうに決めているのを横目に、少し少年は落ち着かない様子だった。 疑似的な密室で、二人きり。 それを意識してしまう程、少年は初心だった。 「よし、これにしようかなっと」 撮影モードが決まり、案内音声に促されるまま、二人は撮影位置についた。 『3.2.1』 「えいっ」 ヴェールが少年を抱き寄せ、ピースサインをした。 パシャッ、という音と共に、シャッターが切れる。 「ちょ、ちょっと!?」 「あはっ!いいじゃん、このくらい!」 慌てる少年を他所に、ヴェールは悪戯っぽい笑顔で笑う。 『3・2・1』 「ほら、次の写真来るよ?」 「えっ!?えっ!?」 ヴェールの言葉に、更に慌てている間にも、カメラはどんどん進んでいく。 「ふふー、結構いい写真取れたんじゃない?」 「‥‥もう、まったく」 結局、そのままヴェールに押し切られる形で、撮影は終了してしまった。 顔を真っ赤にしている少年を、ヴェールは楽しそうに見つめていた。 「じゃあ次は落書き落書き♪ほらほら、背景どうする?」 「えっ、えっ!?僕、こういうのやった事無いんだけど‥‥」 「いいからいいから!ほら、制限時間あるから!選んで選んで!」 ヴェールに押されるがままに、次々と画面が変わる。 そして、あっという間に時間は過ぎていく。 「じゃ、最後に仕上げするから、ちょっと目放してて?」 「うん‥‥?」 よく分からないながらも、少年はヴェールから離れる。 「ほら、出来たよー?」 ヴェールの声に振り向いた少年の目に入ったのは、プリクラに写った自分とヴェールの姿。 『マスター♡ヴェール』と、彼女の称号、それが写真の下半分にデカデカと書かれていた。 「うーん、我ながら良く描けた‥‥じゃ、半分貰うね?」 プリクラ機に付属したハサミで、半分を切り取ると、ヴェールはそれを大事そうに抱えて機械から出た。 「はい、残りの半分あげる♪」 上機嫌なヴェールから、少年はプリクラを受け取る。 その後、折角だから、とクレーンゲームを遊び、デパート内にあったフードコートで昼食を取り、そのまま帰路に付いた。 「いやぁ~、楽しかったね!」 「そうだね、たまにはこういうのもいいかも」 普段とは違う休日の過ごし方ではあったが、悪くはない。 そんな風に感じながら、二人は歩く。 「それじゃ、そろそろ精霊界に戻ろっかなー、何も言わないで出てったからハイネとか大分慌ててそうだし」 「‥‥それなら早く戻ってあげなよ」 ヴェールは苦笑すると、目を瞑り、少年の出したカードの中に消えていった。 「それじゃ、またね‥‥マスター♡」 「はいはい、さっさと帰りなさい」 少年の返事を聞き届けると、ヴェールはカードの精霊としての世界へと帰っていった。 そして、部屋で一人、ヴェールと撮ったプリクラを見返す。 「色んな所に貼ってね、って言われたけどなぁ‥‥」 プリクラを眺めつつ、少年は小さく呟く。 確かに、プリクラ自体は可愛いと思う。 だが、これを貼り付けるのは流石に恥ずかしい。 しかし、何時までもこうして見ている訳にもいかない。 そして、ふと。 プリクラに描かれた、『マスター♡ヴェール』の文字の、♡以前と以降の文字の色が違う事に気が付いた。 「‥‥あれ?」 もう一度、少年はプリクラに視線を落とす。 ふと、少年は思い出す。 普段、ヴェールが自分の事を何と呼んでいたのかを。 「‥‥あれ、もしかしてそういう事?」 そして、意識してしまった事で、顔が熱くなるのを感じ、思わずじたばたとしてしまった。