[main] ローダンセ : 「よっ、と」
荷物の中から、あまり使わないハープを取り出す

[main] ローダンセ : 齧った程度だから、楽器は大してうまくない。これを伸ばすのも成長の一方向としてありかと思って手を伸ばしてはみたものの……

[main] ローダンセ : 結局、辞めた。他に習得すべきものがあると判断した

[main] ローダンセ : その時は、荷物になるだけだから折をみて楽器も売ってしまおうと思っていたものだが

[main] ローダンセ : 何の縁か、一緒に演奏する仲間が出来てしまったから

[main] ローダンセ : こうして、皆寝静まってしまって、誰もいない夜更けに、音を響かせている

[main] ローダンセ : 上達したいがためのものではなく、錆びつかせることのないようにと設けた練習の時間だ

[main] ローダンセ : 無為に──夜更かしをしてよく、さらに、周囲に誰もいないことが練習の条件だから、捗っているわけでもない

[main] ローダンセ : 運指を忘れていないだとか、チューニングがおかしくなっていないかだとか、そういうことを確認する時間

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 果たして誰もいないとちゃんと確認したでしょうか。索敵判定は怠っていませんか。

[main] ローダンセ : 存外──嫌いではない

[main] ローダンセ : 騎獣がいないと索敵できないんですねえ

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : じゃ仕方ないですね。

[main] ローダンセ : 当然、聞かせるつもりもないのだから騎獣は彫像化済みだ

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 斥候能力に長けた冒険者に忍び足で近づかれても気付かないのは仕方ないことです。

[main] ローダンセ : ぽろろん、ぽろろん、と弦を弾く

[main] ローダンセ : 「♪~~~」
合わせて、鼻歌

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : ついさっきから後ろに座ってじーっと見ながら演奏を聞いていますがまだバレていないようです。

[main] ローダンセ : その時間は、しばらく続いた。時間にすると、30分くらい

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「ふわぁ」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : ついあくびしちゃった。

[main] ローダンセ : 「うわぁっ!?」
真後ろから急に聞こえてきた欠伸に驚いて飛び跳ねる

[main] ローダンセ : 「は、な、ナヴィエ!?」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「なんですいきなり」

[main] ローダンセ : 「あたしのセリフだろ!」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「そんなことはありません。気付いているものと思っていました。もう爪弾かないのですか」

[main] ローダンセ : 「……待て、お前いつからいた」
気付いているものかと思っていた?

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「そうですね………月がいまあそこで、ここに座った時はあそこだったから……」

[main] ローダンセ : 「ほぼ最初からずっとじゃねーか……」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「四半刻くらいですね」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「そうともいいます」

[main] ローダンセ : 「言えよ……」
その間ずっと気付かなかったことも、演奏や鼻歌を聞かれていたことも恥ずかしい

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「気持ちよさそうに演奏していたので。集中を乱すのは悪いと思いました」

[main] ローダンセ : 「う、ぐ」
事実だ。確かに気分良く演奏していたことには違いない

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「………とはいえそろそろこのあたりも冷えてきましたね」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : ずかずかと歩み寄ってきて隣に腰掛ける。焚き火の熱で指先を温め始めた。

[main] ローダンセ : 「……まあ、すっかり深夜だからな」
だから、誰もいないと思って演奏していたのだが

[main] ローダンセ : 隣に腰掛けて来たから、そちらの側の羽を広げて背中に沿わせた。風避けくらいにはなるだろう

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「ふむ………。ローダンセの翼はこういう時便利ですね」

[main] ローダンセ : 「……少しくらいはな」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「飛ぶのには使えませんけれどね。色が綺麗なので私は好きです」

[main] ローダンセ : ギリ、と歯が軋む音が隣から聞こえる

[main] ローダンセ : 「色が綺麗だなんて何の役にも立ちやしねえよ……」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「…………………?」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : ローダンセがイラついている。それがわからないほど鈍感ではない。

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : ややあって、ああ翼のことかと気付いた。

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「そういえば気にしているのでしたね」

[main] ローダンセ : そういえば、と来たものだ。人の、心の奥深くの、触れて欲しくないところに踏み込んで来て

[main] ローダンセ : 「あたしの人生、全部これでダメになってんだから当たり前だろ……」
言いながら、何とか怒りを抑えようとして、歯が悲鳴をあげている

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「ふぅん」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 対して、そっけない態度だった。だからなんだ、というような。少しも相手の気持ちに寄り添おうなんて考えちゃいない顔。

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「でしたらこれからは違いますね」

[main] ローダンセ : 「あ”あ”?」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「だって、私が気に入っています」

[main] ローダンセ : 「────はあ?」
正しく、虚を突かれた表情をして

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「世間の下郎どもの醜い眼差しよりも私の贔屓の方が価値があるのは当然でしょう」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「私は貴種ですからね。私の好意は黄金と等価ですもの」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 自然と微笑んだ。温かいし、綺麗だし、たくさんあるのが豪華な感じがするし、気に入っている。気に入っているものを見ると嬉しくなる。

[main] ローダンセ : 「なん……だ、それ……」
本気で言っていることはよく分かる程度の付き合いはあるのが、いっそ今は疎ましい

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「なんです。嫌ですか?」

[main] ローダンセ : 「なんだよそれ…………」
感情の行き場が分からなくなって、俯く

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「ふむ。はっきりさせておく必要があるようですね」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「私があなたのような穢れ持ちを嫌うのは世間の人々が同じように嫌っているからではありません」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「私が、私の意思で、穢れを厭うからです」

[main] ローダンセ : 「…………」
それが、世間一般の穢れの忌避とどう違うんだよ、と内心で思いながら

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「でもあなたにはそれ以上の価値があります。あなたは強く、優れており、敬意に値し、私にとって好ましいものです」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「ですから、余人がたとえあなたのことを厭おうが知ったことではありません」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「私が私の意思で穢れを厭うように、私が私の意思であなたを好んでいます」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「私の興を買っているということは、あなたには魔銀に勝る価値があるということです」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「だからこれからはめそめそと俯かず生きていけます。よかったですね」

[main] ローダンセ : 「だれがっ」
めそめそなんて、と反論しようとして顔を上げて。やっぱり涙で目が潤んでいたから、二の句を告げられなかった

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「泣いているのですか?まったく情けない」

[main] ローダンセ : 「…………お前だって」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「む?」

[main] ローダンセ : 「前、言ってただろ。里から出る時不安で仕方なかったって」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「……………………」

[main] ローダンセ : 「あたしは!あたしは…………飛べないって分かって、皆から蔑まれて、罵倒されて、武器を突き付けられて追放された!」

[main] ローダンセ : 「4歳の頃だ……今でも覚えてる!それが、一番、あたしの古い記憶だから!」

[main] ローダンセ : 「悔しいに決まってるだろ!悲しいに決まってるだろ!お前は、お前が里を出る時の不安だとか、寂しさだとか!」

[main] ローダンセ : 「あたしは…………」

[main] ローダンセ : 「空を飛べたらこんな思いをしなくて良かったのに……独りぼっちにならなかったのに……」
耐えきれなくなって嗚咽を漏らす

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「……………。いつか立派な里の守り人となるため、私は幼い頃から厳しい稽古を課せられました」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「幼い身であろうと容赦なく叩き伏せられたものです。泣きじゃくる私にお師さん…私の父上はおっしゃいました」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「倒れ伏したものの痛みを共感してやることは優しさではない、と」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「ですから私はそんなことを聞いたって決してあなたを憐れみません」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「そもそもそれが何だというのです」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「あなたの境遇は確かに痛ましいものなのかもしれません」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「しかし、もし飛べていたら、あなたが蛮族として正しかったら、私には会えていませんよ」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「これはあなたの一生において重大な損失です」

[main] ローダンセ : 「…………やだ」

[main] ローダンセ : 「ナヴィエと会えないの、やだ……」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「そうでしょう。当然のことです」

[main] ローダンセ : 「あたしが面倒見てやらないとこの馬鹿何しでかすかわかったもんじゃない……」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「これから先、仮に私とあなたの間に別れる運命があったとしても、私と知己であったという事実は空なんか飛べるより100倍の価値があるはずです」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「そうです。あなたが面倒を見ないとこの馬鹿は」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「はぁ!?」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「こ、こ、この私に、馬鹿!?」

[main] ローダンセ : 「別れたくない……」
無視して手を握る

[main] ローダンセ : 「え」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「……………………………」

[main] ローダンセ : 「そうじゃん」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「どこが!!」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「まったくこれだから蛮族もどきは!少し甘くしてやったらつけあがります!」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「これは許されませんよ!だいぶ波及しますよ!」

[main] ローダンセ : 「まず、ご飯は用意されるのが当然だと思ってるところ」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「え。用意できるものが用意するのは当然では?」

[main] ローダンセ : 「髪を梳くのも、結うのも人にやってもらって当然だと思ってるところ」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「髪は頭の後ろに伸びているものですからね。信の置ける者に任せるのは合理的な判断と言えます」

[main] ローダンセ : 「洗濯。皺伸ばし」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「慣れているものが行うことで綺麗に整います。まさに適材適所ですね」

[main] ローダンセ : 「お前の身の回りの世話ぜっっっっんぶあたしがやってる」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「感謝はしていますよ?」

[main] ローダンセ : 「分かってるよ」

[main] ローダンセ : 「で、あたしがいなくて、独りぼっちだったときは?」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「…………………………………」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「うっ。きゅうにねむたくなってきました」

[main] ローダンセ : 手を握っている力を強めた

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「痛いのですが!」

[main] ローダンセ : 「質問に答えればいいだけだよ。独りぼっちだったときは、どうしてた」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「し、仕方ないので自分でやっていましたが!それがなにか!」

[main] ローダンセ : 「今と比べて、結果は?」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「それはもちろん今のほうがよいです。ローダンセは優秀ですからね」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 他人のことなのに自分が自慢されたような顔をした。

[main] ローダンセ : 「いいか、それは、あたしの境遇が痛ましいからだよ」

[main] ローダンセ : 「自分でするしかなかったから、覚えた」

[main] ローダンセ : 「全部、繋がってるから」

[main] ローダンセ : 「だから、頼むから……そういえばとか、言わないでくれ……お前にとっては馬鹿げた、価値のない悩みでも、苦しみでも。それがあたし」

[main] ローダンセ : 「お前に、そう言われると。他の誰に蔑まれるよりも悲しくて苦しくなるから……」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「…………………………」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : ローダンセの手を振り払った。

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 居住まいを正し、改めて向き直る。

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「私としたことが礼を失しました。あなたにそう言わせては貴種の名折れです」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「我が過ちを認め、赦しを乞います」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 厳かに頭を下げる。厳しく躾けられたのだろう。気品さえ感じさせる堂に入った詫び方だった。

[main] ローダンセ : 「…………な、馬鹿だっただろ?」
愛されて、いたのだろうなと感じる。そんな所作一つにも

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「む……………」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「………こ、この件に関しては認めましょう!この件に限ってはですよ!」

[main] ローダンセ : 「でも、あたしは」

[main] ローダンセ : 「馬鹿なナヴィエが好きだから」

[main] ローダンセ : 「ずっと一緒にいたいから」

[main] ローダンセ : 「だから、赦すよ」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「………ふん。いいでしょう」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「どのみちあなたの一生など私のこれから過ごす時間に比べれば瞬きの間の出来事」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「しっかりとついてきなさい。優れたものがそばにあることは私にとって大変好ましいことです」

[main] ローダンセ : 「うん」

[main] ローダンセ : 「ついてく」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「………………。月神様も微睡まれているのか、また一段と寒くなってきましたね」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「もっとこっちに翼をよこしなさい。寒いです」

[main] ローダンセ : 「いい加減、寝るか?」

[main] ローダンセ : 「ん」
乞われたので抱き寄せて両方の羽で二人を包んだ

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : 「………今宵はもう少しだけこうしていましょう」

[main] ローダンセ : 「……うん」

[main] ナヴィエ・ニストラヴィエル : それきりナヴィエは黙った。ぱちぱちと爆ぜる薪をただ見つめていた。片手でローダンセの翼を毛布のように纏いながら。

[main] ローダンセ : ナヴィエがまた欠伸をするまでずっと、そうしていた