その俺の住むマンションの入り口手前の辺りで、怪異というか何かなというふたつの異形は小賢しく敏捷に動いていたり、プライド高げに長細く尖っていたり、性悪げな気配を黒く瘴気のように辺りに撒き散らしていた。冗談抜きに瘴気のような気がして俺は小走りでマンションから離れ遠巻きに様子を見ることにした。この辺りの立ち回りは慣れたものだ。銃弾砲弾レーザー等が飛び交うFPSだろうが異界化したこの現実だろうが何か居心地の悪い、いつかの家庭の風景だろうが、要領としてはさしたる違いがない。感覚的にはほぼ同一だ。 しかし大して仲も良くなかったが裂けていたり伸びていたり溢していたり要はホラークリーチャー的な物凄い姿で二親等に出てこられるのも複雑だな。しかも個体差はあるが種族は同じ感じだろうと思いながらも、ひどく黒く粘ついて伸びている巨大アメーバのような何かに出入り口を塞がれたマンションの中に逃げ込むこともできず、怪異の呻き……唸り……轟き渡る怨霊の界と化した街の隅で所在なく隠れるように佇んでいるとマンションの八階の隅の窓がなぜだか目に留まり、しあちゃんが無邪気に手を振る姿も見えた。あの子も知らんで見ると割と無垢な天使っぽいのだが……いやある意味天使そのものなのか? 天使だって序列が上がれば異形化するしな。まあいいや。そこはどうでもいい。己のルーツと関わるなにかが実にやばいのでドン引いて現実逃避が軽くひどいだけだ。 ――おにいちゃんとおねえちゃんをください。だいじにします。 ……えっなに? ごめん今なんて? しあちゃん? ――おにいちゃんとおねえちゃんをください。だいじにします。 ああうん。いいよ? 大事にしてね……。滲み出す諦念と共に即答すると紅一色の天に黒い大渦が現れ俺の元親類たちを地球最後の日の勢いで吸い込んだ。彼らは為す術なく吸い込まれ消えて行った。あれでは抵抗したところで……無意味だろうな。大渦は時計回りだったが吸い込んだ辺りで一瞬逆回転になりすぐに時計回りに戻った。悲鳴だとかは特に聞こえなかったが物理的な負荷でもかかったのかもしれない。吸い込まれた彼らがどうなったのかは皆目検討もつかぬ。しあちゃんのみぞ知るのだろう。俺から尋ねる気はない。もし彼女から言われても食い気味で拒否するだろう。聞きたくもない。しかし大事と言うよりは一大事の光景だな? というかなり無味乾燥で下らない思考が浮かび――暗転。そして気付くと現世の風景に戻っていた。薄情なものだが安堵した。率直に言えば過呼吸寸前だったのだ。寸前ではなくとっくに踏み越えていたのかもしれない。 ――ありがとうございます。そんなにきにやまなくてもだいじょうぶです。 しあちゃんが何を言っているのかよくわからなかったが俺はマンションの部屋に戻りベッドに倒れ込んで泥のように眠った。暗い中で意識が戻った時になぜだか底冷えがして薄い掛け布団を掴んで被った。わりと幽霊みたいな絵面じゃないか? だいたい渦に吸い込まれるのとマンションの部屋に吸い込まれるのと、どれだけの違いがある? 滑稽さで変に笑えてきたが、ひきつるような掠れ声が一瞬出たかどうかだった。そしてほどなく泥のような眠りに沈む。息をするのも忘れて闇に呑まれる。 いっそ、染みにでもなっちまえば良いのかもわからなかった。