【黒獅子おじさんは敗北レイプバッドエンドを許さない】  俺は、バッドエンドが大嫌いだ。でも、獣人と淫魔が戦争をしている今のこの世界では、俺たち獣人側にバッドエンドフラグが立ちまくりなんだよね。悲しい事に。 「淫魔どもも懲りないよねぇ。バカの一つ覚えみたいに侵攻してきてさぁ。ほんと、おじさんイヤになっちゃう」 「嘆くな。黒の勇士の名が泣くぞ」 「そんな痛々しい称号で呼ばれていたのは遠い昔の事だよ。今の俺は、ただのおじさんさ」  俺――レーヴェは、十二年ほど前までは剣を手に取り淫魔たちと戦っていた。自分で言うのも何だが、昔の俺はかなり強かったんだよね。敵対する淫魔をバッサバッサと薙ぎ倒して武勲を立て、気がつけば黒の勇士なんて呼ばれるようになっていた。俺が黒獅子の獣人だから、黒って言葉が称号に組み込まれたみたい。安直だよね。  まあ、持て囃されていたのも過去の事。今の俺は四十路に突入し、お腹にちょっと肉が付いてきた事に悩むただのおじさんだ。 「ただの凡夫だと思っているのはお前だけだ。お前の異能のおかげで、他の異能者が救われているのだからな」  黒の軍服を纏った白虎の獣人が、深いため息を吐いた。  年中仏頂面の彼の名はヴァイス。俺たちが暮らす城塞都市ナインセントラルを守る防衛軍の司令だ。同い年で、俺の幼馴染でもある。 「買い被りすぎだよ。俺よりもヴァイスの異能――相互的な思念伝達(レシプロカル・テレパシー)の方が遥かに有用だしね」  ヴァイスが持つ異能は、出会った事のある相手と念話ができる能力。その能力を使えば、ヴァイスはナインセントラル防衛軍に所属する軍人に即座に指示が飛ばせる。逆に、軍人側からヴァイスに状況報告をする事も可能だ。そりゃ司令になるわって感じの異能だよね。 「私の異能は確かに便利だ。だが、お前の異能が無ければ、即座に作戦を切り替えて戦場で戦う異能者の犠牲を減らす事はできない。心的負担がかかる能力を使わせて、お前には申し訳ないと思うがな」 「おじさんのメンタルを心配する必要はないよ。そもそも、俺の異能は自動で発動しちゃうものだし。望まなくとも発動しちゃうんだから、せめて役立てないと」  俺が持つ異能の名は、悲劇的結末の予知(バッドエンド・プレディクション)。顔を合わせた事がある異能者を対象として発動する異能で、その異能者に起こり得る可能性が高い最悪の未来が見えるという能力だ。 「……げっ。話をしていたら、早速発動しそう」  頭がズキズキと痛み、目が霞んでいく。この頭痛と目の霞みは、俺の異能が発動する予兆だ。……加齢によるものではないからね! って、誰に言い訳しているんだろう俺。  ――くだらない事を考えているうちに、頭の痛みが取れて視界もクリアになった。  先程まで、俺は防衛軍の司令室に居たが、現在は鉄製の赤い門の前に居る。いや、居るように錯覚しているだけだ。今の俺の肉体は半透明になっている。この状態の俺は、幻覚を見ているような状態なのだ。少し先の未来に起こり得る最悪な事態が見える、幻覚を。 (さて、誰のバッドエンドが見えるのかねえ)  今、目の前に見える赤い門は城塞都市の東側にある門だ。振り向くと、木が生い茂っている。ここは、東門のすぐ外側の景色だ。  今日、東側に配置されていた部隊は確か……。 (ああ。やっぱり彼か)  数多の獣人が血を流して地に伏せる中、上半身に銀の鎧を纏った筋肉質な狼獣人が剣を振るって戦っていた。  灰色の獣毛に全身を覆われ、燃えるように赤い刀身の剣を振るう彼はゼクストくん。今年二十歳になったばかりの、異能者の軍人だ。  彼の口調はやや荒々しく、筋肉質かつ目付きが鋭いのもあって、一見すると近寄りがたい。だが、部下の相談に乗っている姿をよく見る仲間想いの子だ。  剣士として淫魔と戦っていた時代の俺を、ゼクストくんは子供の頃に見た事があるみたいなんだよね。その姿に憧れて防衛軍に入ったって、面と向かって言われた事がある。それが理由なのかは分からないが、俺に結構懐いてくれているんだよね。たまに俺を飲み会に誘ってくれるし、優しい子だ。 「はぁ、はぁ……! オレの攻撃が、効かないだと……っ!?」  全身が傷まみれの状態のゼクストくんが、焦りの表情を浮かべている。今、彼が対峙しているのは黒い獣毛に全身を覆われた牛の怪物だ。二足で地面にしっかりと立つ牛の怪物の額には、円の中に幾何学模様が刻まれた黒い魔法陣が浮かんでいる。あの魔法陣は、淫魔の証。つまり、この怪物は俺たち獣人の敵性種族である淫魔だ。 「残念だったな! 俺様に火の攻撃は効かん! 己の運の悪さを恨むが良い!」  牛の淫魔は叫びながら、ゼクストくんに向けて大きな戦斧を振り下ろした。 「ちぃっ!」  ゼクストくんは舌打ちしながら横に跳んで攻撃を辛うじて回避し、そのまま突進して手に持った剣で牛の淫魔に向けて横薙ぎの一閃を放つ。その一閃は牛の淫魔の胸部にヒットし、切り付けた部分が勢いよく発火した。横一文字の炎が、バチバチと音を立てながら爆ぜる。  ゼクストくんが持つ異能は燼滅の刃(デストラクション・エッジ)。切り付けた相手を燃やす炎の剣を召喚し、使用する事ができるという異能だ。  ゼクストくんの剣技は秀でていて、異能も強力。だが―― 「無駄無駄ァ! 抵抗はやめて、潔く俺様を受け入れるがいい!」  先程、牛の淫魔が言っていた事は真実のようだ。ゼクストくんの攻撃が、まるで効いていない。 (火の異能に耐性がある淫魔か。腕力も半端ないな。先程の攻撃で地面が抉れている。近接戦は仕掛けたくない相手だな)  ゼクストくんとは、あまりにも相性が悪い敵だ。  淫魔は、攻撃能力を持つ異能でしか傷を与えられない。だが、こんな風に特定の異能に耐性がある淫魔が出てくると詰みだ。別の攻撃手段を持つ異能者が対応しなければいけない状況であるといえる。問題は、淫魔に対抗できる異能者の数はとても少ないという事。 (俺も、昔はゼクストくんみたいに剣を召喚する異能を持っていたんだけどなあ。異能の変質っていう珍しい現象が起きた結果、今の異能を身につけたんだよね)  でも、代償として剣を召喚する異能の方は失ってしまった。  もし今も昔の異能――無想無念の断頭剣(エクスキューショナーズ・ソード)が扱えたら、前線に出て淫魔の首を刈って殺しまくったのに。人手不足だから、余計にそう考えてしまう。 (今は、ナインセントラルの東西南北から淫魔が同時攻撃を仕掛けてきている状況だからなあ。数少ない戦力をばらけさせないといけないのが辛いね)  防衛軍に所属する軍人の大半が異能を持たない支援兵だ。現在の防衛軍は、攻撃能力を持つ異能者が小隊の隊長となり、支援兵からのサポートを受けて戦うシステムになっている。  現在、地に伏せている獣人たちはゼクストくんの小隊に配属された支援兵。残念ながら、ゼクストくんの戦いをサポートできる支援兵は、一人として生き残っていないようだ。 「こんな場所で、やられる訳にはいかねえんだよ!」  頭に血が上っているようで、ゼクストくんは怒りの感情を剥き出しにしながら牛の淫魔に乱雑に斬りかかる。  攻撃が効かない相手に斬りかかり、体力を消耗するのは悪手の極みだ。今の彼は、冷静な判断ができない状況まで追い込まれている。 「フン。武器を使う必要もないな」  牛の淫魔は戦斧を地面に投げ捨てた後、右手で握り拳を作って深く腰を落とした。 「そこだァ!」 「があっ!?」  牛の淫魔が放った正拳突きが、ゼクストくんの腹部にめり込んだ。ゼクストくんは勢いよく吹き飛んで、近くにあった巨木に思い切り背中を打ち付けた。同時に、彼が身に付けていた銀の鎧が音を立てて砕け散る。 「ち、ちくしょう……っ!」  悔し涙を流すゼクストくんに、牛の淫魔がじりじりと歩み寄る。 「加減はしてやった。異能者を殺す訳にはいかんからな」  淫魔たちの目的は、種の繁栄。獣人を淘汰し、淫魔のみが栄える世界を望んでいるらしい。そのため、淫魔は異能を持たない獣人を容赦なく殺す。だが、異能者は殺さない。異能を持つ獣人は淫魔に堕とす事が可能――つまり、同族を増やす事ができるのだ。  淫魔が異能者を堕とす手段。それは、異能者の体内に直接精液を注ぐ事。つまり、抵抗できない状況で無理やりに強姦する訳だ。胸糞悪い。 「喜べ。今から貴様を、俺様の仲間にしてやる」  肉棒を屹立させた牛の淫魔が、ゼクストくんのすぐ前に迫る。 「い、嫌だ……! オレは、淫魔になんかなりたくねぇ……!」  全身を震わせながら怯えたような表情を浮かべるゼクストくんを見て、牛の淫魔は邪悪な笑みを浮かべた。 「安心しろ。じきに、何もかも忘れるからなァ!」  牛の淫魔が、馬鹿力でゼクストくんの衣服を乱暴に破り捨てる。 「クソぉ……!」  先程受けた正拳突きのダメージが大きかったようで、ゼクストくんはまともに身体を動かすこともできないようだ。もう、彼に抵抗する術はない。  牛の淫魔は邪悪な笑みを浮かべたまま、両の手でゼクストくんの太腿を掴み、乱暴に開脚させた。  ……この後、ゼクストくんの身に起こる事を想像すると、目を逸らしたくなる。だが、目を逸らそうが閉じようが、対象者のバッドエンドは頭の中に鮮明に浮かんでしまうから無意味なのだ。俺の異能の、嫌な特性である。 「ほう。立派な剣を振るっていた割に、こっちの剣はそうでもないようだな」 「見るんじゃねぇ……!」  恐怖で縮こまっているのもあるのだろう。ゼクストくんの陰茎は小ぶりで、少し皮を被っていた。 「まあ、気にしなくていい。俺様が使うのはこっちだからな」 「があっ!?」  牛の淫魔の太い示指が、ゼクストくんの無防備な肛門に無理矢理ねじ込まれる。 「いてえっ! 抜き、やがれ……! ちくしょ……ぐううっ!!」  乱暴に太い指を挿入されたゼクストくんの肛門からは鮮血が流れ、地面に垂れた。強い痛みを感じているようで、彼は涙をぼろぼろと流しながら歯を食いしばっている。 「そうかそうか。指を抜いて、代わりに俺様の魔羅をすぐに入れて欲しいのだな?」 「んなワケねぇだろ……! くたばれ、クソ淫魔……!」 「フン。生意気なやつだ。俺様の魔羅を突っ込まれても、その威勢が続けば褒めてやる」  牛の淫魔は、ゼクストくんの肛門から指を引き抜いた後、我慢汁をダラダラと流す太い肉棒の先端を彼の肛門に突きつけた。 「さあ、覚悟を決めろ! 一気に奥までぶち込んでやるからなァ!」 「やめろおぉぉぉっ!!」  彼の叫び虚しく、牛の淫魔が一気に腰を前に突き出す。 「あがっ、あ、があああああぁぁぁぁっ!!」  巨大な肉棒を根元まで一気に挿入されたゼクストくんの腹部が、ぼこりと膨らむ。結合部からは、先程とは比べ物にならない多量の血が流れている。……想像を絶する痛みだろう。 「かはっ、はっ、があっ……!」 「おいおい。さっきまでの威勢はどうしたんだ負け犬?」  目を見開いて全身をガクガクと震わせるゼクストくんに向けて、牛の淫魔は勝ち誇ったような表情を浮かべつつ鼻を鳴らした。 「ほおれ、俺様の魔羅で貴様の中を激しく抉ってやるぞ!」 「ぐあああああっ!!」  牛の淫魔がゼクストくんの両肩に手を置き、乱暴に腰を前後に動かし始める。 「いやだ、いやだぁっ!!」  子供のように泣き叫ぶゼクストくんに構わず、牛の淫魔は腰を振る速度を徐々に上げていく。 「ひぎっ、があっ、やっ、んぐっ……うああああっ!!」  凶器じみた肉棒で突き上げられる度に、ゼクストくんの口からは悲痛な叫びが漏れた。 (ああ、嫌だ。仲間が陵辱される姿なんて、これ以上見たくない。せめて早く終わってくれ)  今は、そう祈るしか無いのが歯痒い。 「ガハハハハッ! 貴様は魔羅が小さい無様で惨めな負け犬だが、尻穴の方の具合は良いぞォ! 褒美に俺様の種をたっぷりと注いでやろう!!」 「ダメだっ! それだけは……! いぎっ……! オレは、堕ちたくっ、ないっ……!」 「今さら俺様の射精を止められるものか! 孕め! 負け犬!」  破裂音に似た、腰を打ち付ける音が一際大きく響いた。 「うあああああっ!!」  牛の淫魔が小刻みに身体を震わせる度に、ゼクストくんの腹部がさらに大きく膨らんでいく。それは、淫魔の汚らわしい精が彼の腹に注がれた事を意味していた。 「オレ、まだ、伝えてないのに……っ! レーヴェさんが好きだって、伝えられてないのにぃ……っ!」  ――その言葉を最後に、ゼクストくんは気を失った。  ……生存本能のせいだろうか。彼の萎びた肉棒の先端からは、白濁液がとぷとぷと溢れ出ていた。牛の淫魔は右手でそれを掬い上げ、恍惚とした表情で口に含む。その後、こう叫んだ。 「ハハッ、好きなやつが居たのか? だが残念だったな! 俺様の種を注がれた貴様はもう、今までの事は何もかも忘れて俺様たちの同胞となるのだァ!」  くたりと脱力したゼクストくんの額に、黒い魔法陣が浮かび上がる。彼が、淫魔に堕とされた証だ。  淫魔に堕とされた者は、獣人として生きていた時の記憶を全て失う。そして、異能を持つ獣人を犯して堕とし、そうでない獣人は殺す。そんな存在に成り果てるのだ。そうなってしまったらもう、殺すしかない。俺たち獣人の敵として。  § 「おい。大丈夫か?」  俺はいつの間にか、司令室に立っていた。目の前には、心配そうに俺を見つめる幼馴染の白虎獣人の姿。  ――どうやら俺は、現実に戻ってきたようだ。 「……ヴァイス。歳がかなり離れた若い子に告白された場合は、どうやって断ればなるべく傷付けずに済むかな? いや、もしもの話なんだけど」 「は?」  ヴァイスが何言ってんだこいつと言いたげな表情を浮かべた。悲しい。  予知の最後の方でゼクストくんが放った言葉が衝撃的すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。冷静さを保つためにスルーしようと思ったのに、結局スルーできなかった。  ……俺が好きだって言っていたよな!? 何で!? 将来有望な若者が、こんな腹が出てきたおじさんに恋するなんてありえないでしょ普通! ゼクストくんは優しくてかっこいいし、おじさん以外に絶対良縁があるって! 「私には、お前の言葉の意味が分からん。だが、そんな事を言っている場合ではないのは分かる。……悲劇的結末の予知(バッドエンド・プレディクション)が発動して、誰かが淫魔にやられる姿を見たのだろう?」 「……うん」 「詳細を話せ。作戦を組み直す」  そうだ。予知中にゼクストくんが放った衝撃的な言葉は、一旦忘れよう。今は、先程見えたバッドエンドが現実にならないように手を打たなければならない。 「……重要な部分だけ、簡潔に説明するよ。危ないのはゼクストくんの小隊だ。彼の小隊が、全身真っ黒の牛の淫魔にやられて全滅する未来が見えた。その淫魔はバカ力で戦斧を振るう戦い方をするやつで、火の異能に耐性がある」 「なるほど。それは、ゼクストと相性が悪い相手だな」  ペンを握ったヴァイスが頷きながら、俺の発言を紙に書き留めていく。 「ぶっちゃけ、接近戦を仕掛けるべき相手じゃないと思う。遠距離攻撃が得意な異能者を東側に配置して、アウトレンジ攻撃を行うのがベストじゃないかな」 「となると、西に配置しているクーゲルを東に向かわせるか。西の守りが手薄になるのは不安だが、ゼクストを失うわけにはいかないからな」  クーゲルくんは、蒼く透き通った鱗に全身を覆われた大柄な竜人の青年だ。確か、ゼクストくんと同い年だったはず。そのおかげか、二人の仲は良好だ。  冷静沈着な性格のクーゲルくんが持つ異能は、嘆傷の氷銃(コキュートス・ガン)。撃ったものを凍結させる氷の弾丸を放つ銃を召喚する異能だ。 「うん。牛の淫魔と戦う役目はクーゲルくんに任せた方が良さそうだね。ただ、その前にゼクストくんの小隊の支援兵は城塞都市の内側に退避させた方が良いと思う」 「何故だ?」 「ゼクストくんは、良く言えば仲間想いで優しい。悪く言えば、感情に振り回されやすい子だ。もし、クーゲルくんが到着する前に仲間の支援兵が殺された場合……」 「怒りの感情に支配されたゼクストが淫魔に無謀な突撃をしてやられるかもしれない、か」  ゼクストくんのバッドエンドを回避するためには、支援兵の命も守る必要があるだろう。そもそも、異能者もそうでない者も、助けられる命は助けるべきだ。 「そう。だから、おじさんはちょっと東に向かって支援兵くんたちの避難を手伝うよ。ついでにクーゲルくんが到着するまでの間、ゼクストくんと一緒に囮になって時間稼ぎもしよっかな」  この司令室はナインセントラルの中央部にある。今から全速力で走れば、おじさんの足でも西側に居るクーゲルくんより先に東側に到着できるはずだ。 「待て。そこまでやるのは危険すぎる」 「危険は承知の上だよ。でも、若者を助けるのがおじさんの役割だし」  若者だけに重荷を背負わせるのは性に合わない。おじさんはおじさんなりにやれる事をやらないとね。 「……仕方ない。どうせ、お前は止めても聞かないだろう」  ヴァイスは、とてもふかーいため息を吐いた。その後、こう言葉を続ける。 「報告は怠るな。何かあればすぐに私に思念を送れ。いいな?」 「了解。……ヴァイスは、今すぐにゼクストくんやクーゲルくんに上手く説明して、指示を出してね」 「分かっている。すぐに思念伝達を行うさ」  ヴァイスが目を閉じ、額に左手の人差し指を当てる。これは、彼が異能を発動する時のルーチンだ。早速、ゼクストくんやクーゲルくんにテレパシーを送って、説明と指示出しを行ってくれているみたい。 「さあて、おじさんもちょっと張り切りますかね」  さっき俺が見たバッドエンドのフラグを、バキバキにへし折らないと。  ――首を洗って待っていろよ、牛野郎。お前に待ち受けるのは、ミンチになって死ぬ未来だ。  §§ (……以上が、作戦内容だ。理解したか? ゼクスト) (はい。オレは、クーゲルが来るまでの間に仲間を都市の内側に避難させれば良いって事っすね。もしその途中で牛の淫間に遭遇したら、ひたすら逃げ回って時間稼ぎをすれば良いと) (その通り。程なくして、レーヴェもそちらに到着するはずだ。あいつがお前のサポートをする予定だから、存分にコキ使え) (承知したっす!)    突然、ヴァイス司令から思念伝達された時は驚いた。まさか、オレの隊が全滅する未来をレーヴェさんが予知したなんて。 「……頑張るしかねぇよな」  オレはともかく、仲間が危険な目に遭うのは許せねえ。隊長として、仲間の命を守らねえと。 「雑魚淫魔の相手はオレ一人で充分だ! みんなは都市の中に避難してくれ! もうすぐ、レーヴェさんやクーゲルが応援に来てくれるらしいから心配すんな!」  ワラワラと群がる雑魚淫魔を燼滅の刃で薙ぎ払いながら、オレは叫ぶ。  司令曰く、もう少ししたらオレの異能が効かない牛の淫魔がここに来るらしい。それまでに、雑魚淫魔を燃やし尽くしつつ仲間を退避させねえと。 「へいへいへ〜い! こっちにおいで支援兵くんたち〜! ゆっくり急いで避難してね〜! どっかの国の言葉で言うと、フェスティナレンテってやつだよ!」  レーヴェさんの声だ! どうやら、早速駆けつけてくれたらしい。ちらりと振り向くと、東門がゆっくりと開いているのが見えた。恐らく、門のすぐ内側にレーヴェさんが居る。 「……へへっ。かっこいいとこ、見せねえとな」  レーヴェさんは、憧れの存在だ。  ――今から十五年前、レーヴェさんはオレの命を助けてくれた。五歳の頃のオレは、抜け穴を使って都市の外でこっそりと遊ぶのが好きなクソガキだったんだ。当然、都市の外は淫魔が彷徨いている事が多くて危険である。  案の定、ガキの頃のオレは都市の外で淫魔に見つかった。そして、もうダメだと思った時に若い頃のレーヴェさんが助けてくれたんだ。  迷いの無い太刀筋で淫魔の首を一刀両断したレーヴェさんの姿は、今でも鮮明に思い出せる。淫魔を倒した後に、レーヴェさんが手を差し伸べながらオレにかけてくれた言葉も、鮮明に。  ――大丈夫か、少年。もう怖がらなくていい。君は、俺が安全な所まで連れて行く。絶対に――    ……あの時からずっと、オレはレーヴェさんに憧れているんだ。  まあ、あの時と比べると今のレーヴェさんは体型と性格が緩くなった気はするけどな。それでも、憧れの存在である事に変わりはない。昔みたいに剣の異能が使えなくなっても、別の異能でオレたちを助けてくれているしな。とてもありがたいし、かっけえと思う。  ――何やかんやあって異能に目覚めて軍人になったオレは、レーヴェさんの近くで過ごす事が増え、オレの中でますます憧れは強くなっていった。  酒を飲んで子供みたいに屈託なく笑ったり、体重が増えた事に落ち込んだり、すげえ真面目な顔で軍議中に声を上げたり……ここ数年で、色んなレーヴェさんの姿を見てきたな。そして、色んなレーヴェさんを見る度に、憧れ以外の感情がオレの中で膨れ上がっていった。    好きだ。オレは、レーヴェさんが大好きなんだ。彼を想うと、胸が熱くて、切なくて、堪らなくなる。はち切れそうになるんだ。  いつか、勇気を出して大好きだと伝えたい。伝えなければいけない。だから、それまでは悲劇的な結末なんかを迎えるわけにはいかねえんだ! 絶対に! 【続く】