もう午後も遅い時刻、ギルドに業績評価の面談を終えた帰り道。山裾も遠い野道を、魔術師マーリンと聖盾のクリストは口数も少なく歩いていく。 「あーあ、疲れたぜ、ギルドの連中ったら仕事の依頼ン時は丁重のくせに、報告と働きぶりの査定の時は何であんなに威厳高になれるんかねえ」  ま、どこにも所属してないフリーなんてこんな扱いがデフォなのかねえと、マーリンは数歩先を歩くクリストに声をかけたが、クリストからの返事はない。  最も、マーリンとてクリストの返事を期待しての台詞ではない、なぜならこの二人は水と油、またの名を白と黒、犬猿の仲、要はかなり仲が悪いのである。 ************  なぜこの二人が、ギルドに連れ添っていく羽目になったのか。緊急の依頼で、四人、正確には2組のコンビがたまたまいた街近くの集落にエビソードの群れが襲来し、大問題となっているという依頼が舞い込んできた。  まず、クリストの相方、漆黒の勇者イザベラが即座に受諾を決意し、クリストも彼女の意思に賛同し、即座に武装を整え駆け付ける支度を始める。  集落に向かうべく街を出、山道を駆ける二人の目に飛び込んできたのは、 『放せー!こんな依頼うけたくねー!』 『さあ行きますよマーリン!目標の集落はこの山を越えた先です!』  悲鳴のような情けない声をあげるマーリンと、マーリンをお米様抱っこしながら二人分の体重を物ともしない脚力で駆けていく偽勇者ユイリアの姿だった。  依頼自体は簡単に片付いた。何しろこちらには熟練の冒険者が四人。  イザベラの魔法攻撃、ユイリアの死角となってる位置から放ったマーリンの爆弾でエビソードの群れを吹き飛ばし、クリストによる強化魔法でますます怪力に拍車のかかったユイリアがその手に持つ聖剣──本来勇者にしか扱えないものでありながら、彼女自身の怪力によりムリヤリ使用しているというかなり無茶な代物──を振り回し、エビソードの群れに突っ込み魔物たちを手あたり次第粉砕していく。その姿はさながらとある神話の半人半牛の怪物を彷彿とさせる。  支援魔法でユイリアの筋力・耐久性 、イザベラの素早さ・魔力の底上げを終え、最後にマーリンの強化を図るべく周囲を見渡したクリストの目に飛び込んできたのは、 『こんなろー!放せコンチクショー!』  複数のエビソードにローブの裾を掴まれ、涙目になりながら転がり回っているマーリンの姿だった。 ───余談だが、エビソードが集落の近くに大量発生した原因は、町で出たゴミの川への不法投棄により、エビソードの餌となりうる物質が川に大量に溢れ込んだことが影響であること判明し、これにより各地で廃棄物処理法の整備が進められるが、今回の話には関係のない話である。───  問題はギルドの報告の方であった。ギルドというものはどうも慢性的な財政難らしく、依頼の時はペコペコと頭を下げながら申し込む癖に、報酬の話になると言を左右して少しでも下げようとしてくる、マーリンもびっくりな守銭奴精神を見せてくるのである。  そこでギルドの職員と冒険者たちの間で丁々発止のやり取りが繰り広げられるのが見られるのが常なのだが、残念なことに、彼らのそれぞれの相方、イザベラとユイリアは全くそっちの面には不適合であった。  ユイリアはとにかく直情で何事も真っすぐな性格、ギルドの交渉事には海千山千の職員を力はともかく話術で勝つには荷が重すぎる。  イザベラは非常時はともかく平時は非常に引っ込み思案な少女であり、こちらもギルドとの交渉などとてもできる芸当ではなかった。  そのため、ギルドに用がある時はいつからかクリスト、マーリンが出向くことがそれぞれのペアの決まりに自然となっていった。  各々の活躍と功績を精細に書き記したレポートを手に淡々と職員に説くクリストと、得意な弁舌と機転とハッタリで職員を煙に巻き、気づけば交渉を自分のペースに持っていくマーリン。  二人の交渉術は対照的と言えるほど違うものでありながら、巧みなチームプレーで職員から確実に報酬を確保していった。  ………本人たちの心境を別にすれば。 ************  マーリンはクリストのことが嫌いだった。口を開けば正論、綺麗事、魔術師としては大した魔法を使えず、詐欺師として身を立ててきたマーリンからすれば優等生としてまずそこが甚だしく鼻についた。  当然思想も価値観も噛み合うはずもなく、特に合わなかったのが名誉や風聞に関する考え方だった。  詐欺魔術師のマーリンからすれば名誉などがというものは利用するもの、身を飾るものであり、栄誉は勿論、悪評でさえもマーリンにとっては利用価値に値するものでしかない。必要なら泣いて見せるし土下座だってしてやる。それで向こうが自分を軽く見てくれるなら万々歳。後でぎゃふんというのは手前らだと土下座しながら舌を出してやればいいのだ。  一方のクリストはそんなもので悩み、自身を苛み、相方に対し負い目を抱いている。イザベラのお前に向ける目をみてみろよコノヤロー、と何度言ってやろうと思ったのかしれないくらいだ。イザベラと二人きりになった時を見計らってそれとなくあの男のどこがいいのかと、聞いた時の彼女の様子は今でも鮮明に覚えてる。 『クリストは、私の大切な仲間なの。魔物や悪人だけじゃなく、世間の目からも私を護り続けてくれた、私の大切な人』『世の中に騎士はたくさんいると思うけど、私の騎士は、クリストだけなの』  そう言って頬を赤らめるイザベラの姿は勇者でも何でもない只の恋する少女そのものだった。  クリストがどれだけ恵まれてるがアイツは気づいてない、とマーリンは苛立ちすら覚える。まず顔、世の中の女性、いや一部の男性ですら見惚れそうなルックス、これだけで詐欺師としては立派な武器になる。能力だって顔に劣らない優れた魔法を使え、オマケに文武両道。性格も防御魔法向けのクソ真面目で献身的な性格。オマケに向こうも嫌いであろう自分の戦果もきっちり報告する公正な態度。  そんな自分にないものを何もかも持ち、更には勇者のイザベラの男性観を修正不可能なまでに歪ませた男が『拙者無価値な人間でござる』みたいな顔して悩んでるのだ。冗談は顔だけにしてほしい。  第一自分の相方のユイリアを見てみろ、とクリストに対しマーリンは思う。彼女は勇者の剣から否定され、家の使命を背負えない自身を受け入れながら、本来合わない剣を手に戦い続けている。まあそれを焚き付けたのも彼女をカモ(今思えばカモはどっちだったのか)だと思った過去の自分なのだから口にはしないが。  まあそれを突きつけてもクリストは苦渋の顔を浮かべながら思い悩むだけと、分かってしまうのがマーリンは我ながら嫌になってしまうのである。  もっとこう、自分や相方のイザベラを上にあげて俺たちを下げる発言でもしてくれるような人間なら、遠慮なくツバでも吐きかけてやることができるのに。 ************  クリストはマーリンのことが嫌いだった。以前から彼のことは何となく言動の品のなさや比較するものではないとわかってても彼の相方のユイリアと比べると情けなさが目立ってしまう。  決定的に嫌いになった切欠は酒の席で、つい自分が自分の相方のイザベラに対する負い目を口にした時。 『おめーは自分のイメージが上がってお得。アイツはスムーズに人助けができてお得。敵さんは勝手にオメーを勇者と誤認するからアイツへの警戒が勝手に減る。良いことづくめじゃねえか』と、彼の主張を聞いたときだろう。  確かに風評など気にしない彼からすればその通りなのだろう。単に名と実に付いて言っただけなのかもしれない。それでも、クリストにとってその言葉は受け入れがたかった。  クリストはボーリャックを知っている。カンラークの勇者であり、当時の若輩で無力な一介の兵でしかなかった自分を含む、大勢の市民を我が身一つで護り切りながら、裏切者の汚名をあえて背負って大願のために雌伏し、罪悪感と責任感から背負うべきではない業まで誰にも負わせず一人で背負おうとする彼の姿を。  クリストはイザベラを知っている。余りにも悲惨な悲劇によって生まれた彼女の決意を。周囲の誤解も気にせず人助けに邁進する彼女の姿を。  だが、あの男はそれらを知らない。それに対して自分が憤激するのは筋違いなのだ…。  一方の自分はと言うと彼らと比較するとどうしても凡庸であまりに俗物であると言わざるを得ない。そんな自分がイザベラを差し置いて勇者などと評されてる。こんな悲喜劇があって良いのか。  嗚呼、このような悩みを抱くこと自体がマーリンに言わせれば馬鹿野郎なのかもとまた自己嫌悪に襲われてしまう。  そもそも自分はマーリンの生き方に複雑な気持ちを抱いていた。第一詐欺師の三流魔術師ではないか彼奴は。何が大魔法使いだ何が。  相方のユイリアにそれとなく聞いてみたが『マーリンは偉大な魔術師で素晴らしい仲間です』と曇なき瞳で断言され、そこから如何に彼と出会い、そして彼の言葉によって剣に認められずとも旅を続ける自分にとって、どれだけ励まされたかを熱弁され、首を縦に振らざるを得なかった。だが、ユイリアはマーリンが折を見て彼女から逃げようとするつもりなのを知ってるのか?『アイツから逃げないといつか俺破滅する!』と酒場で盛大に愚痴ってた彼奴の姿を。  いや、もしかしたら自分はマーリンに嫉妬しているかもしれない。恥も外聞もなく命乞いができ、ギャンブルの負けの返済を恐らく向こうも嫌いであろう自分にまで土下座で頼み込んでくる(因みにその時貸した金は未だに返ってきてない)彼の自由な姿を。兵は詭道なりというが、確かに彼の機転や自由なアイデアに助けられたこともなくはない。それに比べれば明らかに自分は発想も思考も硬いと自覚せざるを得ない。そんな結論に辿り着く自分自身がまた腹だたしく、嘆かわしかった。 ************ 「ところで、なんで僕たちと貴方たちはこんなに遭遇率がいいんですかね」 「俺が聞きてえよバカヤロー!おめえ俺のファンだったりする?ファンレターなら特別価格で受け取ってやるぜ」 「誰がファンですか!僕が貴方に渡したいのは逮捕状と財産の差押命令書、それと借金の督促状だけです!」 「全く記憶にねえなあ」 「僕はあります、ギャンブランドで大負けしてパンツ一丁になったマーリンがイザベラ様にすがりついて」 「や め ろ」  自身の暗黒の歴史を掘り起こされそうになったマーリンが渋々クリストの疑問に乗っかる。 「確か、ダスタブ、サカエトル、レンハート、プロロ、コメトレルデ、では出会ったな俺ら」 「うわ、本当に多いですね」 「ああそうだ!セーブナでも出会ったな」  面白いことを思い出したとばかりに手を掌で打ったマーリンが、珍しくクリストに笑いかけながら話を振る。 「…あの時は貴方がまた悪事をを企んでたんでしたよね」」 「悪事じゃねえよ!上手くいけば大儲けできる計画だったんだあれは!」 「だからって現地の役所に申請せずの魔物の捕獲は見過ごせません」 「ぐっ」  慌てて弁解しようとするマーリンだったが、クリストの真っ当な指摘の前に流石の彼も黙らざるを得なかった。  魔列車でユイリアとともにセーブナの荒原を渡っていたマーリンは頭部に角の代わりに銃を生やした野生動物、リボルバイソンを目にしたとき、彼の背中に電流が走ったのを感じた。 『これ、上手く拝借できたら一儲けできるんじゃね?』 "リボルバイソンを捕獲しようとする旅人を取り締まるので協力してほしい"と、セーブナの宿泊宿で現地の保安官に依頼を受け、現場に駆けつけたクリストたちの目に飛び込んできたのは、 『助けてくれー!!』 『フッ!ハアッ!これはいい特訓になりますよ!流石ですマ―リン!』  パニックを起こして銃を乱射しながら暴れるリボルバイソンの背中にしがみつき情けない悲鳴をあげるマーリンと、リボルバイソンの銃撃を全て剣で弾きとばすユイリアの姿だった。 「お願いですからユイリアさんの評判まで下げるような行いはやめてくださいね」 「…チッ、また評判かてめーは」  せっかく話が弾んできたところに冷水を浴びせられたような面持ちでマーリン黙り込む。気まずい沈黙が場を支配した。 ************  ……また黙々と野道を歩くクリストにマーリンはチラッと後ろを振り向いた後、一つの問いを行った。  二人の間で散々に繰り広げられ、なお両者の間にある埋めようのない溝について。 「なんでそこまで、風評にこだわる」 「おめえは名を、勇者サマは実を取る。ウインウインじゃねえか。なに悩んでるんだ」  別に何か他意があってのことではない。純粋に彼の疑問が不思議だったし。その苦悩が心底理解不能だったから。  だが、その言葉を聞いたクリストはみるみるうちに眉間に皺を寄せてこう呟いた。 「──マーリン。これは、貴方にはわからない悩みです…」 「これはなんとしても解決しなければならない問いなのです…。この問題が解けない限り、僕がイザベラ様の隣にいる、資格は…」 「……ああ、そうかい」  むす、と黙り込むマーリン。やはり、どこまでも二人は水と油なのだった。 「もし、貴方が、詐欺師なんて生業でなければ」  ぽそっと絞り出すような声がクリストの口から洩れる。 「詐欺師じゃなかったら、なんだよ。言えよ」 「………」 「なんだよ!言ってみろよ」  苛立たしげに急かすマーリンに暫くの間躊躇いを見せていたクリストも、漸く意を決し口を開いた。 「正式に貴方たちと合流をして、そして」 「お前はアイツの側から離れる、か」 「………」  無言を肯定と判断したマーリンが深いため息を吐く。 (わりい、イザベラさんよ) 「こんの『ヘタレ騎士』があ!!!」  心の中でクリストの相方に一言詫びるとクリストの頬に拳を見舞った。 ************ 「そうかそうか、俺たちがいれば大丈夫だと、それを口実にしてお前はアイツを置いて一人逃げるのか!」  はっと、マーリンの口から嘲笑が漏れた。 クリストは頬を抑えたまま、呆然としている 「何が騎士だこの、逃げたがりの臆病もんが!」 「ッ!貴方には、一生わからない悩みです!守るものが何もない『4流魔術師』で詐欺師の貴方には!」  怒鳴り声を上げたクリストの姿に満足感を感じていながら、マーリンは言葉を続ける。 「ああそうだ自由人だよ俺は、お前と違って魔術の才はねえ。顔も悪いし品もねえ」 「……」 「だからよぅ、こう思うんだ俺は」  クリストは何を言われるかわからないのだろう。明らかに緊張している様子がマーリンからでもハッキリと伝わってくる。  その姿に満足げに微笑みながらマーリンは一歩一歩クリストに歩み寄り、優しくクリストの肩に手を置いてほくそ笑んだ。 「本当に詐欺師の才があるのはお前なんじゃないかって!」 「────は?」  クリストの顔から、表情が消えた。 「知ってっか?詐欺師の必須要素って」 「………」 「弁舌か?違うね?根回しや企画力?これもちょっと違う、正解は」  芝居かかった動作で聖騎士を指さし、詐欺師は悪辣に嗤いながら宣言する。彼にとって死刑宣告に等しい痛打の言葉を。 「信用力さ!」 「なん、だって」 「わからねえか?詐欺師ってのはいかにも「私は詐欺師です」って顔してるようじゃ失格なんだよ。その点俺は厳しいなぁ全くこの品性じゃなあ!」  如何にも面白げに笑い声をあげるマーリン。一方のクリストは顔がますます強張り、最早顔面から血の気が消え去っている。 「その点お前はいいよなあ!顔よし品よし学問よし!みんなお前を見れば御立派な人物と太鼓判を押すさ!それは詐欺師として大きな強みだぜ!」  クリストの握りしめた拳が小さく震えているのを見たマーリンは更に愉快そうに嗤う。 「何怒ってんだよ、俺はおめえを誉めてんだぜ!すげえよホント!いよ!クリスト様!」 「だ、まれ」 「何よりいいのは当のイザベラまでお前さんに感謝感激雨あられってことだ!アイツは全く苦にしてないのにお前ひとり負い目感じてるんだからホント傑作だぜ!アーッハッハッハ!!」 「黙れ」  クリストの周囲に彼の魔力による青白いオーラが彼を纏うように漏れ出ている。そんなことも気づかないくらい今こいつは怒りに震えている。いい傾向だ、と判断したマーリンは脳内で湧き出る多数のフレーズから、最もクリストに効くであろう言葉を出力し言い放った。 「悪いことは言わねえ、いっそ俺の弟子になんねえか?」 「黙れと言っている!」  遂に堪忍袋の緒が切れたクリストがマーリンのローブを掴んだ。 ************  日暮れ間近の人通りのない野道にて、剣呑な空気を漂わせ、睨み合いながら立ち尽くす2人を、ガラの悪い集団が取り囲んだのはそのときだった。 「ようやく見つけだぜこの詐欺魔術師!」 「おう、ワシらヒュドラのもんじゃ。そのマーリンて野郎に用があってのう。大人しく渡してくれねえか優男さんよお」 「聞いてくれないと…その綺麗な顔に傷がつくことになるぜ!」  退路を断たれ、ぎらり、白刃が突きつけられる。なんとも野蛮極まりない仕草にクリストは眉をひそめた。 「ひええええ!なんとかお見逃しをどうか皆様方!!!」  先ほどの威勢がどこに行ったかのように、みっともなく狼狽えるマーリンに、取り囲んだ荒くれものたちの間から失笑が漏れる。 「そうですねえどうしましょうか…」  構成員たちの脅しに考え込むクリスト。それを見たマーリンはますます怯えをみせる。 「頼むよう見逃してくれえええええ!!!こんな、こんな何もできねえタダの哀れな男じゃねえかよおおお!」  遂には土下座を始めるマーリン。ゲラゲラと品のない哄笑が周囲に響き渡る。 「お前さんだってこのクソ魔術師を助ける義理なんてないだろ?先ほどのいざこざ聞かせてもらったが、そりゃあ酷い言い草だったぜ、なあ兄妹!」  額に傷のある構成員が同情顔でクリストに語りかければ、周囲からもそうだ、そうだと声が飛んでくる。 「確かに、貴方たち相手にしてまでこの人を護る義理もない、かもですね…」 「そうだろうそうだろう!物分かりが良くて助かるぜ!」 「やめてくれええええええええ!!謝るからよおおお!!!」  地べたを這いつくばってクリストに縋り付くマーリンだが、無情にもクリストは荒々しくその手を振り払い、無様にマーリンは地べたに倒れ込む。 「後生だ、許してくれ…。俺はホントにちんけな子悪党なんだ。こんな、こんな…」  怯え切って地に臥するマーリン。呆れ返ったのかクリストがマーリンの側から二歩、三歩と後ずれば、それが彼からの合図だと察した構成員たちがゆっくりとマーリンに忍び寄ってくる。 「──こんなことしかできねえけどよ」 「【防壁魔法】展開!」  ニヤッと笑みを浮かべて顔を上げたマーリンが前方に”何か”を放り投げた。それと同時にクリストが防壁魔法を二人の前方に展開する。  急激な展開の変化にぽかんと間抜け面を並べて立ち尽くすヒュドラの構成員たち。マーリンの投げた”何か”───彼自身の手による特製の爆弾がさく裂したのはその直後だった。   ************ 「ついでにゲロっちまえよ、お前さんイザベラに惚れてんだろ!だからそんなに負い目を覚えるんだろ!?」 「ッ…!僕などではあの人とは不釣り合いすぎます!」 「そう思ってんのは世界中でお前1人だよバカヤローが!」  前方の惨状には目もくれず、クリストとマーリンが背中合わせになって構成員たちに立ち向かう。 「知ってるか!?イザベラのやつユイリアに化粧や服装について聞いてたぜ!見せたい男の人がいるんだってよぉ!全く誰のことかねえ!」 「ぼ、僕と決まったわけではないでしょう!」 「オメーのことだよバーカ!」  "てめえッ"、と額に傷のある構成員がマーリンに斬りかかるが、素早い身のこなしでマーリンは斬撃を躱し、すれ違いざまに足を引っかけて転ばせる。うめき声を上げてクリストの足元に転がり込む構成員にクリストが大盾で押しつぶせば、哀れなその男はカエルの潰れたような声をあげて動かなくなった。 「いい加減素直になっちまえよ!勇者だのなんだのお前は言うけどのなぁ、一皮剥けばアイツはただのオメーに恋する女なんだよ!」 「ッ!貴方にだけは言われたくありません!」   マーリンは自らの後ろに立ち、一刀で切り捨てようと刀を振りかぶろうとした男の前で【姿を消す魔法】を発動しする。目の前の男が突如消失した事実に呆然とする男の背後にそのまま回り、背後から思いっきり男の金玉を蹴り上げた。股間を抑えて悶絶する男から刀を奪い取り、すぐさま後頭部を柄の部分で殴り男を昏倒させる。  奪った刀は手入れのよくないことがひと目で見て取れ、これは高値で売り捌けないと舌打ちしたマーリンは、刀を喚きながら斬りかかってくる男に投擲。見事右太ももに刀が突き刺さったその男は情けない声を上げながら転倒した。   クリストの方に目をやれば、槍と大盾を構え、既に構成員を4人倒していた。 「知ってますかマーリン!ユイリアさん、たとえ勇者の剣を適合者に譲っても、もし魔王を討伐しても貴方と人助けの旅を続けたいらしいですよ!」 「はああああああ!!!???初耳だぞ!!」 "引くな!相手はただの二人だ、数で押し込んでやっちまえ!"  組員の動揺を感じ取ったリーダーらしき者が声を張り上げるが、その直後マーリンの【転倒させる魔法】を喰らい、顔面を強打し目を白黒させてるところを、クリストに頭を思いっきり踏みつぶされて沈黙した。 「ユイリアさん旅先の書店で麻雀やカジノの必勝法の本を読みこんでるってイザベラ様が聞いたらしいです!恐らく貴方が突き放してもたとえギャンブランドにだって追いかけてきますよ!」 「あ、アイツがあんなところで一人でやってけるわけねーだろ!麻雀なんてアイツの一番ダメな分野だろ!」 「それだけあの方も本気ということですよバカ!釣った魚に餌を上げない仕打ちはカンラークでは最も恥ずべき行為なんですよ!」  集団で突っ込んでくる構成員たちに的確にマーリンが【目くらましの魔法】をかければ、クリストが視界を奪われ混乱する構成員たちを大盾でなぎ倒していく。 「え、お前がそれ言う!?っていうかアイツは名家の令嬢、俺は詐欺師!釣った釣ってないの前に釣り合わねーどころかアイツのご実家に俺が吊るされるわ!」 「ユイリアさんはそうとは考えておりませんよ!」 「話すり替えんなバーカ!てめえこそイザベラの奴から逃げんな!「偽物」だの「本物」だのテメエん中で抱え込んでないでさっさと当たって砕けやがれ!」  "貴様ッ"とクリストより頭一つ分は大きいと思われる大男が振りかぶった大刀をクリストが大盾で受け止める。そのまま自慢の怪力で押しつぶそうとした大男が───押し返された。  瞬時に自身に強化魔法を唱えたクリストの意外な力に咄嗟に対応できなかった大男は、信じられないという表情のまま大きくバランスを崩し、背後にいた構成員ごと将棋倒しのように倒れていく。  心得たとばかりに倒れ込んだ構成員たちにマーリンが爆弾を投げれば、自分の頭上を爆弾を通過したと察したクリストが即座に前方に防護魔法を展開する。直後に再び響き渡る爆発音。 「どれだけ言葉を言い繕うとも、テメエが考えてることは厄介になった女を捨てようとするバカ野郎のそれだ!」 「ユイリアさんの人生に大きな影響を与えといて、ハマった泥沼から抜け出すことばかりを考えてる甲斐性なしに言われたくない!」  透明化したマーリンがクリストの死角から狙おうとした男の更に後ろに回り、何かの役にたとうかと回収したエビソードの甲殻の破片を男の背中に突き刺せば、どうっ、倒れ込んだ男にクリストが間髪入れずに槍を半回転させ石突を叩き込む。 「勇者だのそんな肩書忘れて、男として、思いっきりぶつかってこい!この臆病者!」 「貴方も、ユイリアさんからの思いにしっかりと向き合ってください!この卑怯者!」  予想外の惨状に逃げようとした構成員をマーリンが転倒させ、立ち上がろうと頭を上げたところをクリストが槍の柄の部分で顔面を殴りつければ、白眼をむいてその男は倒れ伏した。 「ひ、ひいい!な、何でお前らそんなに連携取れてんだよぉ!さ、さっきまで。あ、あんなに…」 「『あんなに』仲険悪そうだったのに、か?」  最後の1人となった構成員が必死に疑問を口にする。すっかり戦意は喪失したらしく足はガタガタと震え、最早逃走すら敵わず、その姿にまるで生まれたての子馬だな、とマーリンに場違いな感想を抱かせる。 「教えてやるよ。なあクリスト。ヘタレ騎士ってどういう意味だ?」 「後をつけている者がいる」 「じゃあ、4流魔術師は?」 「魔物ではなく、人」  そう言い終えると、クリストは槍で横殴りに最後の構成員を殴り倒した。 「──もし、僕がフラれてしまった時は一杯付き合ってもらえますか?」 「――任せとけ、そん時は俺が最高に酔える雰囲気の店紹介してやんよ」  戦闘の終了と同時に交わした言葉を最後に、長い間、沈黙が場を支配してたが、やがて同時に二人の口に笑みが浮かび、周囲の惨状にそぐわない晴れ晴れとした笑い声が辺りに響き渡った。   ************ 「なんとか上手くいったな」  達成感溢れる顔でマーリンがほくそ笑めば、クリストも不承不承という顔で頷いた。 「……散々僕のことを言ってくれましたね」 「わりいわりい!こいつらを騙すためと思ってくれよう!」 「…でも、本心だったのではないですか?」 「半分は、な」 「え?」  意味が解らないと首を傾げる目の前の男の様子が何とも面白く、ニヤニヤ笑みを浮かべながら詐欺師は聖騎士に半分の意味を解説する。 「だってお前、良心が耐え切れず詐欺行為なんてやる前に舌を噛み切りそうだしな」  その言葉に今度こそクリストは苦笑いで返すしかなかった。  さて、この転がってる粗大ごみどうするか、とマーリンが周囲に無惨にピクピク引き攣りながら転がってる生ごみどもを見渡す。  足許にはすでに死屍累々、構成員どもの屍山血河が広がっている。カンラークの元聖騎士に、三流とはいえ数々の修羅場を潜ってきた魔術師、この程度の敵などこれまで何度も相手にしてきた。  とはいえ、この件がヒュドラに伝われば、更に執拗で大規模な追ってが放たれることは間違いない。俺とこいつはともかく、イザベラとユイリアにまで迷惑が及ぶのは、まあ、寝覚めが悪い。 「……んで、お前は何やってんわけ?」  取り合えず、迷惑料としてこいつらの懐から幾らか資金でも徴収しようとでも考え始めてたマーリンの目に、ヒュドラの構成員を治癒魔法で傷を癒して回るクリストの姿が飛び込んできた。 「?このまま死なれたら悪党とはいえ可哀想ですから、死なれない程度に重傷な者から治療していってるんですが…?」  クリストの(何か問題でも?)と言わんばかりの顔にマーリンは顔を思わず手で覆う。 (全く、この甘ちゃんは) 「…色々言いたいことあるけどよお、回復したこいつらがどうするかとか考えてんのか?また襲ってくるに決まってんだろうが」 「それができない程度の回復に収めておくことは心得ています。それに、ここの役人に引き渡しがすむまでは、僕の魔法陣で逃げられないように結界を張っておくつもりです」 (ああそうですか、ちゃんと考えてんのね) 「そうだ!俺、今回の戦闘で爆弾二つも使っちまってよ~。困ったことに俺金欠でさぁ。役場に報告終わった後の帰り道でいいからさ~!グヘヘヘ」 「ッ!貴方の買い物は貴方のお金で支払ってください!」 「なあなあななそう言わずにさ~!しっかりとした働きに見合う正当な評価がお前の信条だろぉ?アレ、俺頑張ったよな?なあ頼むからよぉぉぉ!先週競馬場でスッペンペンになってマジピンチなんだからよ~~~!!」 「貴方という人は!……はあ、今回だけですからね?」 「さっすが~!聖騎士様は話がわかる!」 「いいですかマーリン!大体あなたは競馬と麻雀と…!」 「まあまあ聞いてくれよ!まさかあのクソ馬!圧倒的第一人気の自覚もなく、ゲートが開いたと同時に立ち上がりやがってよ~!」  すっかり暗くなった夜道で、辺りを照らす満月を見上げながら、二人は彼らを待ってる少女たちの元へ足を速める。二人の姿が遠ざかり、やがて完全に見えなくなる間も、二人の会話が途切れることはなかった。