③介錯してやる  自分で物事を決められなくなった、というのは『終わっている』のだと……。  私はそう考えます。  最近は文字通り頭が冷えてきたので、比較的冷静に、中立的な思考を持てるようになりました。  妲己があんな暴挙に出た理由は依然として不明ですが、あれも自分で決めた、ということだけは確かに感じられました。  人にせよ、我ら魔妖にせよ、やりたい事を持ったり、やるべき事を理解して受諾するくらいの情緒があります。  この男には、それすらない……。  もう、何をすることもできないのです。 「なんと、哀れな……」  声に出すつもりはなかったのに、こう零さずにはいられませんでした。  そして恐らく……このまま生きていて、彼の今後が好転することもないのだということも察せられてしまいました。  本来人一人の人生なんてどうでもよかったはずなのに……私はこの男に入れ込んでいたようです。  ええ、それは認めましょう。  だとしたら、するべきことは決まっている。  私は迷ったりしないのだから。 「……お手をお出しください」 「……?……ああ。わかった」  彼が少しだけ抱いた疑問は、すぐに氷解したようで。 ──その意味を解っているにも関わらず、彼は素直に手を差し出した。  少しだけ力を籠めると、みるみるうちに熱い彼の手が、私と同じ冷たさになっていく。  その、なんと呆気ないことか。  生への渇望のない人間とは、こうも脆いのかと驚かされる。  今まで凍らせていった者は皆、嫌だ嫌だと最後まで嘆き、少しは抵抗していたのに。 「やっぱりお嬢さんは、親切な人だねぇ」  その口調は、極めて穏やかだ。  もうすっかり末端が壊死して痛いだろうに、そんな風にはとても見えない。 「………あ……り……が………と……………う…………」  呂律が回らなくなるまでもあっという間で、それが遺言でした。  声が出なくなっても……顔は最期まで穏やかなままで。 「どういたしまして」  そうして看取り、彼の亡骸を……どうこうする気は起きません。  何故、こうも虚脱感に襲われているのでしょう、私は。  気付けば雪の上にへたり込んでいる。  彼は満足して未練なく逝けたはず。  私は彼を案じていることを自覚し、素直に認めて、その本懐を叶えてやって……。 「う……うう……」 人なんぞ何人も殺してきた! むしろ望んだ死だったはずなのに、何故こうも胸が痛む! 「ねぇ……」 「…………」  思わず目の前の氷塊にもたれかかって、その息が絶えていることを尚更認識させられた。  取り返しなんてつかないのだから、私はもう自分のやるべきことをやるしかないのだと、そう言い聞かせて家屋を後にする。  でももう、今の私が……何をすればいいのかなんて……わかりません……。 END③ 望んだはずの死