艶めく金髪の上に、硬質の爪が乗る。象牙色に鈍く輝く刃は、まるで一振りの剣のよう。 それが四本。その気になれば、彼女の頭は綺麗な四つ割りの西瓜になるところだ。 後頭部に掛かるその握力を把握しながら――女は微塵も生命の危機を感じてはいなかった。 銀河最強、などという今や空しい称号に驕り高ぶってのことではない。 彼が自分を害なすことは決してありえないという、妄信に似た感情によってである。 それを裏付けるかのように、鋭い爪は彼女の髪を梳くに留まっていた。 この星を訪れるのは二度目である。その際の彼女はもっと強かった。精神的な意味でも。 橙色の重金属の鎧に身を包み、岩を砕き鋼を焼き、雷光の如くに地を駆けた。 そしてこの星の原住民であった彼との戦闘の中で不覚を取って鎧を剥がされ、 体制を立て直すまでに犯されたのがちょうど半年前のことである。 最強、と呼ばれこそすれ、常に勝ち続けてきたわけではない。 賞金稼ぎという仕事柄、身体を使いも使われもしたことは何度もある。 その失態も、時が経てば忘れるような“たまにある”ことに過ぎないはずだったのだが。 初めは、なぜか随分とあの出来事だけが記憶に残っているな、と感じただけだった。 銀河連邦からも直々に依頼を受ける彼女は多忙を極める。 意味のない情報を忘れることには長けているはずの脳がそれを忘却せず――忘れよう、と、 意識的に他のことを考えようにも、却って頭の中はあの森の光景のことばかり。 次第に肉体は、自分が犯された瞬間の記憶に従ってむず痒くもなるのであった。 そして一処に留まることもできず、転、転、転、とその銀河中をぐるりと回って、 気が付けば彼女は、鎧を脱いだ無防備な姿で森の中を歩いている己を見つけたのである。 鼻の奥に紐が結わえられているように、特定の方向に自然と顔が向く。 一息吸って、一息吐く。そのたびに、何か自分に欠けていたものが埋まっていく。 青臭い木々の香り、獣の死骸、糞、踏み混ぜられた泥の臭い、そして“何か”。 雑多な臭いの渦の中、しかし、くっきりと輪郭を保った、彼女を誘う臭い。 この半年間、自分が探していたものの正体が、ゆっくりと実体を持っていく。 唐突に、女は森の真ん中、特段開けてもいない草地に跪いた。 いや、既に彼女の求めるものはそこに在った。そこにしか、いなかった。 臭いの元を、じっと蒼い瞳が見つめる。初恋を知った乙女のような熱っぽさで。 そして初恋の相手は、銀河中自分を探し求めた足労をねぎらうように、 あるいは掌中の珠を玩弄するかのように、頭骨の丸みに沿って撫でるのであった。 ちょうど一年前に、脅しのために用いた爪は――もはや、その意図では用いられない。 彼女が自らこの星に舞い戻り、彼の前に膝を屈した今となっては。 敵を見る憎々しげな視線は、すっかり丸く――媚びた雌臭いものになっていた。 それも突然であろう。彼女の肉体は、彼のためだけの“雌”に成り果てていたから。 とくん、とくんと暖かな鼓動。求めていたものの臭い――自分を孕ませた雄の性器、 そこから滴る精液の臭いを鼻先で直に嗅ぐことで、身体は否応なしに火照っていく。 鼓動はやがて興奮によって激しくなり、また下腹部の鼓動――一年前に仕込まれた仔も、 父子の再会を喜ぶかのように、激しく身体を動かせて母の腹を蹴る。 その振動さえも心地よいのだ。臭いによって呼び起こされた凌辱の記憶は、 彼女にとっての忌まわしき日から、彼の雌になった喜ばしき日、 愛の結晶を授かった人生で最も幸福な日へと、歴史を改竄されてしまう。 この間、逃げていたのではなく――彼の下で妻として過ごすべき自分が、 その覚悟を持たざるがゆえに、我儘を起こして彼から離れていた――かのように、 女は彼にとって限りなく都合のいいように、自らを洗脳していくのである。 半年掛けてしっかりと育った胎は、本来なら安静にしておかなければならぬはず。 けれど体の火照りは止められない。心の高鳴りも止められない。 全身を包む青い肌着を、女は自ら脱いでいく――そもそも、彼は裸体である。 その妻である自分もまた、衣服などという無用なものを着る必要もない。 外気に晒された丸い胎は、彼女が彼に屈服した何よりの証。 妊娠の副次効果として、乳首は真っ黒に――乳頭の凹凸も激しく、下品に。 そして乳房も、腹に負けない程度に、彼女自身の頭と同じぐらいには大きく重たくなった。 彼の睾丸、雄の象徴もまた、その精力を示す。それを突き立てるための槍も。 女はうっとりとして、愛しい彼の性器に頬ずり、口づけ、舌を這わせた。 どこまでも続くような長く太い雄の証。雌の奥の奥までを貫く穂先。 それで膣内をほじられた時の感覚さえ、彼女はありありと思い出せるようだった。 それとの“答え合わせ”を、まさに今、草地に寝転がった二人は始めようとしていた。 膣肉は期待に疼き、子宮内部の赤子もこれからされることを予期するかのように―― とくん、とくん、と、胎動が目に見えるほど大きくなっていくのである。 それを、ずん、と押し潰すような挿入。胎の仔のことなど関係ないかのような抽挿。 身重でありながら、安定期に入ったばかりの子宮をごりごりとえぐり抜かれて、 女はこれまで味わったことのないような多幸感に包まれた――脳が危険信号を出すほどに、 抗いようのない“しあわせ”は、かつての彼女の人格をこそげ取っていく。 ここで彼と永遠に子作りをすることが己の使命であったかのように、 自分自身を再定義してしまっている。そしてそれに気付くこともできない。 快楽に負ける、といった生温いものではなかった。心身が破壊されていって、 雄に都合のいい孕み袋としての一生を、そこに再構築されている。 逃げなければ、と微かに残った理性が叫んだが――それを肉体は聞き届けない。 どこへ?だれが?なぜ?――ここにいればいいじゃない、ほかになにがある? 繰り返しの絶頂は、みるみるうちに体力を奪っていく。水分もまた、 潮と汗、涙という形でどんどんと体外に排出されていって、さらに行動力を奪う。 肉人形めいて一方的に犯され――彼女をつがいとするための最後の仕込みが進んでいるのに、 それによって全てを奪われる本人は、そのことを理解していないのである。 あるいは、今日この瞬間から彼によって与えられるものが彼女の全てになり、 つまらない名声や銀河の平穏などと言うものは、孕み、産むという生物の本懐の前には、 一切の意味を持たないのかもしれない――結果は同じことである。 “何か”を忘れたような気になって――完成したばかりの花嫁の目端から涙がこぼれた。 だが鼻先にまた夫の性器がぽろんと差し出されて、涙は嬉し涙だったことになる。 赤ん坊が出て来やすいように、しっかりとほぐしてくれる“いい夫”への感謝の涙、 まだ彼の性器を受け止めきれない未熟な新妻としての己への不甲斐なさ。 それをさらに、快楽によってかき混ぜられ、固められ、塗りつぶされていく―― 次第に彼女は己の名前どころか、言語という不要物さえ失っていくのであった。 今日も両手に乳飲み子を抱きかかえ、乳中の母乳を吸い付くされん勢いで授乳しながら、 臨月胎を夫の腰の上で揺らす一匹の獣がいる。乳房は既に三回りは大きくなって、 胎の空いている期間がないのだから、乳の止まる期間も全くない。 二人の子は、父に似てあちこちに鱗の浮いた――しかし艷やかな白い肌の合の子だ。 母親譲りの金髪と碧眼を持って、両親が毎年赤子をこさえるのを見守っている。 彼の種族によって“印”を付けられた雌は、だいたいがこうなってしまうのだ。 それは何も、彼女のような心身の強い――強かった――人間でも変わらない。 そしてそんなことは、今の彼女にはもう何の価値もない。