海産物になりたいという欲望 人間なら誰しも、一度は考えたことがあるだろう。 自分が、透き通るような身を持つイカや、硬い甲羅に守られたカニになって、海の底を自由に泳ぎ回ることを。 俺も例外ではなかった。 なぜなら、この世はあまりにも生きづらいからだ。 常に何かに追われ、時間に縛られ、そしてなにより、ファミレスのパスワードがわからないというこの苦痛。 このどうしようもない欲望を、俺は今、ファミレスのWi-Fiパスワードを総当たりで探すという行為に昇華させている。 まるで、大海原の底でエサを探す深海魚のように。 呪われたWi-Fiパスワード 「ちくしょう、また違う……!」 俺はスマートフォンを握りしめ、小さく呻いた。ファミレスの居心地の良いソファーに深く沈み込みながら、俺はすでに一時間以上、この呪われたWi-Fiパスワードと格闘している。 『Wi-Fiをご利用の方は、スタッフまでお声がけください』 そんな優しい言葉が書かれた案内板は、俺にはまるで嘲笑うかのように見える。そんなことができるなら、とっくにしている。しかし俺は、自分の手でこのパスワードを解き明かすことにこだわっていた。これは、俺の人生の戦いなのだ。 0から9までの数字と、アルファベットの小文字、大文字を組み合わせる。パスワードは8桁。その組み合わせは、天文学的な数字になる。それでも、俺は諦めない。俺は海産物になることはできないが、せめてファミレスのWi-Fiを享受するという、人間としてのささやかな幸福を掴み取りたいのだ。 Skateに乗りてぇ そんな中、ふと窓の外を見ると、一人の少年がスケートボードに乗って通り過ぎていくのが見えた。彼はまるで魚のように、軽やかに、そして自由にアスファルトの上を滑っていく。 その姿を見た瞬間、俺の脳裏に電撃が走った。 「そうだ……! Skateだ!」 俺のこの、パスワードを解き明かそうとする執念。それはまさに、スケートボードに乗って、未知の領域へと滑り出していく行為そのものだ。 海産物になりたいという欲望は、今やファミレスのWi-Fiパスワードを解き明かすという使命に変わり、そして、スケートボードという新たな概念が加わった。 俺は席を立ち、窓の外の少年を追いかける。 「待ってくれ!そのスケートボードを俺にくれ!」 俺は心の中で叫んだ。 ファミレスのWi-Fiパスワードは、まだ見つからない。しかし、俺はもうすでに、新たな冒険へと踏み出している。 この物語は、まだ始まったばかりだ。