ましろはひよりの怯えた瞳を無視するように、柔らかな声で囁いた。 「脱がすね~。はーい、ばんざいしてね~」彼の手はひよりの返事を待たず、 半袖の白いシャツをゆっくりとまくり上げる。ガチャリと手錠の金属が ぶつかり合う鈍い音が、薄暗い廃墟の隠し部屋に響く。シャツは手錠に引っかかり、 腕から抜けないまま中途半端にめくれ上がった。だが、ましろの視線はそんなことお構いなしに、 ひよりの異様に膨らんだ腹部へと移った。「うん。大きくなったね!何ヶ月だっけ?」 その声は、まるで日常の会話を装うように軽やかだ。「8ヶ月…くらい」ひよりの声は震え、 消え入りそうだった。妊娠8ヶ月とは思えないほど膨らんだ腹。その中には、明らかに人間ではない何かが蠢いている。 ―――――――――――――――――――――――――――― 「い゛…なにそれ」ひよりの声は恐怖に引きつった。ましろが連れてきたのは、 巨大な種馬だった。暗い部屋の隅で、馬の荒々しい息遣いが響く。 「ウマだよ?」ましろは『それが何だ?』とでも言いたげに、平然と答えた。種馬のペニスは、成人男性の腕ほどの太さで、 血管が浮き上がり、今にもひよりに押し入ろうと脈打っていた。 「んじゃ、ひよりんは台に寝てね~」 ましろは慣れた手つきで、部屋の中央に据えられた金属製の台にひよりを押し倒し、手足を固定するベルトを締めた。 ひよりの体は、まるで獣のための擬牝台のように無防備にさらされた。ましろは種馬の尻を軽く叩き 「それいけ!」と笑顔で促した。 「いやぁぁぁぁ!!!無理無理ッ!入らない!!!」 ひよりの悲鳴が廃墟にこだまするが、ましろは意に介さず、タブレットを手に次の「オス」を品定めしていた。 「次は何にしよっかな~」と呟きながら、画面をスクロールするその目は、純粋な好奇心に輝いていた。 ―――――――――――――――――――――――――――― ましろはひよりの腹にそっと手を這わせ、優しげな声で言った。 「馬って結構大きくなるんだね。ゴキブリやナメクジのときは多胎でもほとんど膨らまなかったよね。 大丈夫? 痛くない?」 彼の口調は、まるで妊婦を気遣う夫のようだった。視線をひよりの目に合わせ、黒髪の隙間から覗く瞳はどこか無垢だ。 しかし、ひよりの顔は軽蔑と嫌悪に歪んでいた。 「じゃあ病院連れて行ってよ……堕ろさせて!」 彼女の声は怒りと絶望に震えた。普通の夫婦なら微笑ましく、愛に満ちたはずの仕草も、 望まぬ妊娠と出産を繰り返させられた彼女には、ただの嫌悪の対象でしかなかった。 ましろの手がお腹を撫でるたび、ひよりの体は拒絶するように小さく震えた。 「かわいいなぁ…お腹の中で見えないはずなのにかわいいよ」ましろはそう呟き、 ひよりの膨らんだ腹を優しく撫でる。手を離すと、そっと耳を腹に当て、胎内の音に耳を澄ました。 目を閉じ、静寂の中で微かな動きを捉えるように集中する。「早く会いたいなぁ」と囁くその姿は、 まるで父親のように穏やかで愛情深い。しかし、ひよりの腹に宿るものは彼の子ではない。 人間ですらない、異形の存在だ。 「気持ち悪い……」ひよりの声は震え、目の前の光景が現実とは思えなかった。 彼女の瞳には、恐怖と嫌悪が混じり合い、かつての明るい笑顔は跡形もなく消えていた。 ―――――――――――――――――――――――――――― 「茨さんって、都市伝説に興味ある?」コラボ配信での出会いは、ただの仕事だった。 にじさんじのましろ爻と、茨城県公式VTuberの茨ひより。同業者として名刺交換の延長で連絡先を交換しただけ。 そこから、LINEで他愛もない日常の報告を交わすようになった。 「今日、干し芋食べた!」「また心霊スポット行ったよ」と、軽いやり取りが続くうち、 ましろから一通のメッセージが届いた。 「こんど茨城に行くので、その時お茶しませんか?」 ひよりは気軽に「いいね、楽しそう!」と返した。彼女にとって、それはただの息抜きのおしゃべり。 楽しく話して、別れるだけの予定だった。カフェでのお茶は、予想以上に盛り上がった。 「なになに~?またなにか都市伝説教えてくれるの?」ひよりは笑顔でましろを煽った。 ましろの目は、いつもより少し熱っぽく輝いていた。 「実はね、茨城には将来の食糧不足を解消しようと、異種妊娠をさせる実験施設があったんだって」 「異種?妊娠?」 「うん。人間の女の子にウシとかブタとかを産ませるんだって」 ひよりは「ふぅん…」と聞き流した。また怪しげな話だな、と笑いながらもましろの熱心な語り口が可愛いと感じていた。 「でね、それってどうやらホントらしいんだ。ボク、その施設の廃墟を見つけちゃってさ。 見つけたからには確かめたいじゃん」 「何を?」 アナウンサーとしての癖で、話を引き出すように返してしまった。ましろが一瞬見せた不敵な笑みに、 ひよりは気づかなかった。次の瞬間、強烈な眠気が襲い、視界が真っ暗に染まる。 「人間が動物を妊娠して生むことができるか」 その言葉の意味と、ましろの目的を理解したとき、すべては手遅れだった。 ―――――――――――――――――――――――――――― 「元気元気♪順調だね。おっきな馬だから心配したけど、ちゃんと産めるサイズっぽいね」 ましろは手製の母子手帳にペンを走らせ、満足げに頷いた。廃墟の隠し部屋には、 ひよりの出産記録が几帳面に記されている。彼女はすでにブタ、ウシを出産し、赤ちゃんたちは 産後しばらくしてどこかの牧場に引き取られていった。 さらに、ましろの軽いノリで「動物以外も試してみよう」と、ゴキブリやナメクジが種付けされた。 出産直後、ましろは「うわ、気持ち悪い!」と笑いながら駆除したが、虫であってもひよりにとっては実の子だ。 気持ち悪いからとあっさりと殺されたのは心を砕く出来事だった。 害虫を産まされたショックで、彼女の精神は限界に近づいていた。 ましろの純粋な好奇心は、彼女の悲鳴や涙をまるで意に介さない。手錠の冷たい感触、膨らむ腹、 繰り返される非現実的な出産。ひよりの心は、折れかけた糸のように、今にも千切れそうだった。